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お休みの間の「9年前の今日」 2月29日分

 9年前の今日。2000年2月29日。 ミャンマー ヤンゴン→ピイ
 この年はうるう年にあたり2月29日がある。

 7時起床。
 風が通らないドミトリーでしこたま蚊に刺されながら寝苦しい夜を過ごした。
 ホテルは朝食込なのだが、7時ではまだホテルの食堂が開いていないので、やむを得ずホテルの前の屋台に行った。
 ミャンマー名物「モーヒンガー」。
 麺なのだが、スープはなまずやらバナナの芯やらでどろっととろみがある。
 二度と食べる気にはなれなかった(50チャット=17円)。

 ピイへのバスは日本製のエアコンバスだったが、なぜかエアコンの送風口からは弱ーい冷気しか出てこないため、みんな窓を開けて乗っていた。
 昼食休憩。
 チキンカレーを食べてみた。
 驚愕の脂っこさ。
 油だまりにチキンが浮いている。
 面白いのは頼みもしないのに野菜サラダとほかに2品出てきたこと。
 手をつけると料金が追加される。

 ピイでは床屋にいくことにした。
 ミャンマー人はあまり刈り上げの人がいないのがいい。
 床屋のおやじは英語は全く話せないが、自分が行っても全く驚いた風はなく
 「OK」
 と言ってカギのかかった引出しから重たそうなはさみと手動バリカンを引っ張り出して切ってくれた。
 ミャンマー語で何か聞かれるが、わからないので適当にうなずいた。
 出来は思ったより良く十分満足。
 値段も50チャット(約17円)と破格。
by haiderinn | 2009-02-28 23:59 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 2月28日分

 9年前の今日。2000年2月28日。 ミャンマー ヤンゴン
 通貨の問題は強制両替だけにとどまらない。
 一般のミャンマー人はFECではなくチャットという単位の別通貨を使っている。
 FECでも別に受け入れてくれることになってはいるが、言ってみれば一万円札を何枚も持っているようなものだ。
 FECを渡して両替レートとの差額分のチャットがお釣りとして返ってくれば問題ないが、経験上そうはならないような気がする。
 だから両替所などでFECをチャットに交換しておくほうが無難だ。
 1FEC(=1USD)=328チャット
 という両替レートだった。
 これでたとえば、昼ごはんは焼きそばとチャイと春巻きを食べて80チャットしかかからないのだから、やはりFECなんて持っているとロクなことになりそうもない。
 食べ物の話でいくと、ヤンゴンは揚げ物が多い。
 朝食(ホテル宿泊代に込)はトースト、コーヒー、フルーツといったものだったが、なぜか揚げ玉が添えられていた。
 昼飯のチャイにもサモサがついた。
 暑いのでついつい飲み物が多くなる。
 タマリンドジュースを飲んでみた。
 杏のようなメロンのような複雑な味の炭酸飲料で結構うまい。
 牛乳も飲める。
 
 シェダゴンパゴダに行ってみた。
 タイの王宮よりも緻密な塔の外装と尖塔部分が印象的だ。
 パゴダ内部には無数の仏像があり、ミャンマー人たちがかなり熱心にお祈りしていた。
 ミャンマーは仏教。
 と、教科書的に思っていると意表をつかれる。
 ヤンゴンのあちこちにはイスラム教のモスクがあり夕方にはアザーンがあちこちで聞こえる。

 今日は料理長の誕生日。
 夕飯をおごる。
by haiderinn | 2009-02-28 23:58 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 2月27日分

 9年前の今日。2000年2月27日。 タイ バンコク → ミャンマー ヤンゴン
 いよいよミャンマーへ向けて出発。
 空港へは時間がないので少し高いがエアポートバスで行くことにした。
 ところが同じ宿から出てきた白人青年に呼び止められた。
 「君たちはエアポートバスで行く料金分だけを払えばいいからタクシーをシェアしていかないか?」
 そうすることにした。
 彼はシンガポール在住のイギリス人ジャーナリストだと言っていた。
 タイ語も使えるようで運転手に何か指示していた。
 別れ際に自分たちに名刺を渡し「シンガポールに来ることがあったら連絡してくれ。ミャンマー北部に行きたいのでわかることがあったら教えてほしいんだ」と言い残し、自分たちには合わせて100バーツしか出させずに去って行った。

 ビーマン・バングラデシュ航空のヤンゴン行きはバックパッカーご用達だと聞いていたが、実際乗客を見て驚いた。
 ビジネスマン風の人やこぎれいな旅行者はほとんど見当たらず、瞬時にパッカーだとわかる連中ばかりなのだった。
 「ヒッピー」と呼部のにふさわしいツワモノが少なからず乗っていた。
 これも日本ではありえないことだが機内誌がボロボロで半分メモ帳みたいになっていた。
 ただ食事(サンドウィッチとクッキー)はうまかった。

 ヤンゴンの空港では強制両替がある。
 外国人は一人300ドルの強制両替が義務付けられていて、それを短い滞在期間中にミャンマーで使い切るしかない、ということになっていた。
 ドルから両替するのはFECという通貨だった。
 FECからドルへの再両替は公には認められていない。
 ホテルなどで手数料を払ってドルに戻すしかない。
 自分たちも2週間弱で二人合わせて600ドルも使うはずはないので、どこかでドルにもどさねばならない。
 イミグレを抜けると強制両替場があり、なんとかやり過ごそうとする奴らもいたが、きびしく監視されていて逃れられないようだった。
 自分たちは交渉して二人合わせて500ドルの両替で勘弁してもらった。
 やれやれ。
 
 ヤンゴンの街は非常に大きく清潔でインドに少し似ていて、ラオスとは比べ物にならないほど発展していた。
 そして人が優しいように思えた。
 
by haiderinn | 2009-02-27 23:59 | こんな旅

しばらくお休みのお知らせ

 TRAVELERS' CAFE 朔は

 2月26日(木)から3月8日(日)まで
 お休みとさせていただきます。


 その間、ブログの更新もお休みとなります。
 ご容赦ください。

 9年前の今日。2000年2月26日。 タイ バンコク 曇り。
 再びムエタイを見ることに。
 今回はルンピニ・スタジアムの方へ行ってみた。
 前回のラチャダムタン・スタジアムのときとは明らかに違う熱気があった。
 観客数もだいぶ多い。
 料金も前回は二階席200バーツだったが、今度は480バーツ(リングサイドは1000バーツ)と跳ね上がっていた。
 三階席は立ち見が出るほどの入りだ。
 タイ人たちはどちらが勝つかで賭けている。
 公然とやっていても大丈夫なんだろうか?
 賭けが昂じてくると相当なヒートアップぶりだ。
 リングの中も熱い。
 しかし見ていてわからないのは、5ラウンドあるうち1、2ラウンドはどう見てもただ流しているようにしか見えない。
 3、4ラウンドになると結構打ち合いになるのだが、5ラウンドの途中からお互いに片手をあげると残りが二分あろうが、明らかに「ながし」に入ってしまう。
 もう勝敗がついているのだろう。
 こちらには互角にしか見えないのだが。。。
 かけている人たちも5ラウンドになるとトーンダウンしているようだった。
 しかし、チャンピオンが出たメインイベントは違った。
 こちらは最初から挑戦者も積極的で4ラウンドまでで勝負が見えても最終5ラウンド目も結構打ち合いとなった。
 しかしチャンピオンはさすがで、リーチが長くしなやかなボクシングで勝利した。
 今日も日本人ボクサー(MAIDA)が登場。
 判定勝ちで会場をわかした。
by haiderinn | 2009-02-26 22:49 | こんな朔

本日朔の日 キャンドルナイト

a0094201_8343356.jpg 陰暦では如月の朔(ついたち)。
 今日からが陰暦の二月ですね。
 「広辞苑」によると「きさらぎ」は「生更ぎ」で草木の更生することをいうそうです。
 如月の漢字は中国から来たそうです。

 さて、朔の日にはキャンドルナイト。
 先月から開催しております。
 月のない夜にキャンドルナイトです。
 月といえばルーリン彗星最接近はどうなったんでしょうか。
 昨日の晩、23時台に空を見上げたら曇りで星は見えず、石垣では彗星も観測できなかったのでは。
 今晩はどうでしょうかねえ。
 今のところ夏のような空で期待が持てますが。
 いくつかの情報を総合すると、ルーリン彗星は5等級ほどの明るさで双眼鏡がないと観測が難しいらしい(肉眼で6等級以上は見えるというが。。。)。
 でも、26日は地球から見て太陽と反対側に来るので4等級ほどになり肉眼で観察可能とか。
 土星と獅子座の1等星レグルス近くに見えるそうです。
 といっても獅子座どこ?
 国立天文台の2月中旬午後8時ごろの星図(→こちら)によると南東の方角に獅子座がありますね。
 さあ、これだけの情報でなんとかみえるでしょうか。
 今晩か、あすの晩チャレンジしてみたいところです。
 今のところ天気予報では両日ともに晴れ。
 あ、キャンドルナイトもお待ちしておりますね。

 9年前の今日。2000年2月25日。 タイ バンコク 曇り。
 昨日の夜行バスは出だしは快調だった。
 ときどき道端の客を拾って進むのでスピードは遅かったが乗務員が気持ちの良い人間だったのがよかった。
 大きなスピーカーから流れる音楽に客はノリノリで手拍子したり指笛をならしたりしていた。
 眠れず閉口したが楽しいものだった。
 ところが夜中周りがざわざわするので目を覚ますと乗客がぞろぞろおり出している。
 ガソリンスタンドにとまっていたのでトイレ休憩かとおもいきや
 「乗り換えだ」
 という。
 少し前にパンク修理をしていたが他にも故障個所があったらしい。
 仕方なく隣に止まっていたエアコン車に乗り換えた。
 そちらの方がいすなどフカフカしていて豪華なのだが満席でぎゅうぎゅうだし乗務員の態度もよろしくない。
 ぼろくても最初のバスのほうがよかったのだが。
 バンコクの宿は前と同じRIVER GUEST HOUSE。
 シャワーが水しか出ないほかはとても快適で安い(一人65バーツでツイン)。
 バンコクではいつものように事務作業。
 エアチケットの手配とメールうち。
 帰国の便をおさえてしまった。
 4月25日の中華航空羽田行きだ。

 アイザワからメールが届いていた。
 彼の新ビジネスを手伝う気はないかというものだ。
 かなり熱い内容だった。
 ちょっと心が動かされる。
 しかし、カレー屋はどうする?
by haiderinn | 2009-02-25 09:14 | こんな朔

うまれたのは遠い昔

a0094201_9545189.jpg 陰暦では睦月の三十日。
 夜がだいぶ暗くなってきましたね。
 星がよく見えます。
 本日は数万年に一度接近するというルーリン彗星最接近の日。
 みなさんガスマスクのご用意は大丈夫ですか。
 ってそんなに近づくわけじゃないんですね。
 まあ、行ってしまったら生きているうちに出会うことはありえない彗星ですからちょっと見てみたい気もします。
 今夜あたり天気もいいし。
 素人でも見えるのかな?

 40年前の今日。1969年2月24日。福島。
 といきなりですが、更新が遅れている旅日記ではございません。
 その日わたくしこの世に素っ裸で出てまいりました。
 こんちわー。
 っていうかこっち寒すぎー。
 大変寒い日の朝だったそうです。
 先日チビサクが生まれた時に母から私が生まれた時の母子手帳が送られてまいりました。
 それによると出産予定日は「44年2月24日」。
 大当たりです。
 でてきたのは5時57分。
 陣痛発来が同日0時頃。
 すみません、お医者さん、看護婦さん、お母さん。一番眠い時間帯で。
 体重3400グラム。
 1969年からみた40年後というのはどういう未来だったんでしょうねえ。
 きっと今から40年後を考えるよりは見通しがきいて明るかったでしょうねえ。
 チビサクは2008年生まれ。
 今考えても未来の子って感じです。
 アトムよりも後にやってきたわけですから。
 さて、40年前に生まれたとうことは、わたし今日から40歳ってわけですか。。。。
 私が父の年齢を初めて知ったのは40歳だった気がします(お父さん若かったんですね)。
 40歳。
 この年齢を「中年」とよばずにいつが中年でしょう。
 まだ「年配」ではないと思うが。。。
 ああ、先日からちょっとぎっくり腰気味です。

 9年前の今日。2000年2月24日。 ラオス サバナケット→タイ 晴れのち曇り。
 この日31回目の誕生日。
 残っていたラオス通貨のキップをトイレットペーパーと水と牛乳を買って使う。
 ラオスイミグレを通るとまたメコン川。
 その先はタイ。
 3度目の入国になる。
 タイ側の国境はムクダハン。
 このような旅行をしていないと聞かない街の名だ。
 そんなところでもラオスの首都ビエンチャンよりよほどにぎやかだった。
 ムクダハンはそのまま通過してバンコクへ。
 夕方から小雨が降り出したがノンエアコンバスに乗る自分たちにとっては涼しくなってかえってよかった。
 バスは豪華なエアコンバスとは比ぶべくもないが、他の東南アジア諸国にもっていけば十分よいバスとして通るレベルのものだった。
 何よりも3人掛けの席に二人だけで乗れるのが良い。
 リクライニングもある。
 タイではたまにみかけるのだが、このバスも内装はステンレスのビカビカ張りだった。
 前方には坊さんの写真(一人はなぜかサングラスをかけている)。
 信心深いのか俗っぽいのかどっちなんだというようなバスだったが、走りだすと答えは「俗」もしくは「族」だった。
 ピンク色のライトが光り(内部です)、前後4つの大きなスピーカから大音量でディスコ系の音楽が流れ始めたのだった。
 ここではバスは運転手のものなのだ。
by haiderinn | 2009-02-24 10:20 | こんな毎日

チビサクの黒島牛祭りリポート

 陰暦では睦月の二十九日。
 
 今日は私に代わって昨日黒島牛祭りを見学してきたチビサクの牛祭りレポートです。

 えーーーうーーーー。
 チビサクです(オーヒラ元ソーリではありません)。
 初めてお船に乗るんだよ。
 なんかちょっと怖い。

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 黒島到着!
 お、今年は牛二頭があたるんだって。
 よーし、当てて牛に乗ってかえるぞー。

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 さあ、なにがあるかなあ。 
 お母さんたちは、、、、さっそく昼ごはんか。。

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 牛ドン、牛汁、牛もも焼き、、、まさに牛まつり。
 ぼくのいつものやつもひとつ忘れずによろしく。
 今日のは牛乳テイストになるかなあ。
 エイサーでもみながら一杯いや二杯ひっかけよう。

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 あー、だめだ。
 ついてけないわ。
 おやすみー。

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 午後はいよいよイベント盛りだくさん。
 牛の体重当てクイズに牛のえさ転がし競争。

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 はやく的あてやれるようになりたいなあ。

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 ぼくは牛さんにタッチ。

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 さあて、いよいよ牛があたるくじ引きだ。
 景品の牛登場!
 あたるかなあ。。。。

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 だあめだこりゃ。
 おかあさんはずしちゃったよ。
 かえるべ、かえるべ。
 じゃあねえ。

 9年前の今日。2000年2月23日。 ラオス サバナケット 晴れ。
 9時半起床。
 ここのところ夏バテの初期症状か、食欲があまりわかない。
 サバナケットは夕日が美しいという。
 他に特に何もない町なので日中は外に出ずゴロゴロする。
 メコン川の岸辺を歩いているうちに日が陰り涼しくなってきた。
 すると多くの人たち広い中州でサッカーをしたり川に飛び込んだりし始めた。
 風が対岸から吹いてきてとても心地よく、自分たちも中州まで降りて人々を眺めた。

 
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 (サバナケットからのメコンの流れ)
by haiderinn | 2009-02-23 10:16 | こんな毎日

こなさん。みんばんは。

 陰暦では睦月の二十八日。

 酔ってバチカン美術館の警報鳴らすって。。。
 ぼっちゃん二世議員、ハズかしいねえ。
 こういう人はアウトだって言ってくださいよ、北海道十勝のみなさん、頼むぜ。
 ヒグマの息子だって関係ねーよってバシッとね。
 以上小さなおじさん放談。

 友人から「スネークマンショー」の音源を入手。
 いやあ、ひさびさに聞いたな、「正義と真実」「急いで口で吸え」「これなんですか」等々。
 流行ったのは小中学生のころだからねえ。
 今でも古臭くないのがすごい(ネタはポールとかだけど)。
 朔でもかけちゃおうかな。
 すみません、今日は時間がなく、内容うすくこれにて。

 9年前の今日。2000年2月22日。 ラオス ヴィエンチャン→サバナケット 晴れ。
 6時に起床してサバナケット行きのバスに乗る。
 出発前のバスには、モノ売りが大勢乗り込んできてちょっとベトナムをおもわせた。
 バスが出発してからしばらくは窓から吹き込む風が気持ちよくてうとうとしていたが、やがて午後になり西からの日差しをまともにうけるようになると暑くて眠ってもいられなくなった。
 しかし、道路の舗装状況は良好で8時間と長距離移動ではあったが楽な方だった。
 途中の舗装工事や橋を渡す工事は日本のODAから金が出ているせいか日の丸が改訂ある看板が出ていた。
 そんなに下品に宣伝する必要があるのか。
 サバナケットはラオス第二の都市。
 しかしここもそうとは思えないほど静かだった。
 ここはタイとの国境の町ではあるが、東に進むとベトナムに通じるということもありベトナム人の店があった。
 そのうちのひとつの店でベトナム風のぶっかけ飯をひさびさに食べた。
by haiderinn | 2009-02-22 10:10 | おじさん放談

国会中継の時間

 陰暦では睦月の二十七日。
 
 このところ日中ラジオをつけると国会中継ということが多くなっています。
 昔は、「なんだつまらん」と思っていた国会中継ですが、最近妙にはまりだして、ついつい手を止めて聞いてしまったりしています。
 国会おもしろいですよ。
 今は政権交代前とあって野党に勢いがありますし、最近のア○ー政権の失策続きで突っ込みどころ満載というのがまた盛り上がる原因でもあります。
 結構議論はむちゃくちゃなこともありますが、それがかえっておもしろい。
 追いつめられると徹底的に話をかみあわさず質問時間切れ作戦にでる大臣。
 ポイントはずした質問の野党。
 この前なんか民主党福島三区の大御所ワタナベコーゾーが、ア○ーソーリの「そもそも自分は郵政民営化に反対だった」というコメントに対して、得意の会津なまりでもって
 「おどごらしくねえな」
 と噴飯ものの発言。
 いや、そういうこと追求するんじゃないでしょーよ。
 だいたい「男らしい」という考え方そのものが問題あるし。
 それから舛添要一対蓮舫というような一種タレント対決のような場面もみられます。
 議長が騒然とする場内に対して「発言者以外はもっと『かわいく』言ってください」というトホホな注意を与えたり。
 まあ、そんな風に国会おもろいわけですが、そんな政治好きなあなたに「政治カフェ」はいかがでしょうか。
 まず、入店すると喫煙席か禁煙席かではなく
 「与党席ですか、野党席ですか」
 と聞いてくれます。
 彼は与党で彼女は野党という方は真中に「与野党相乗り席」もありますが、ちょっと肩身が狭いことになるでしょう。
 カフェの真ん中には大画面。
 もちろん国会のパブリックビューイング。
 国会閉会中や夜は国会名場面集などが放映されています。
 メニューは与野党で違って、たとえば与党メニューだと豚バラ肉をつかった太巻の「バラまき」。
 茹でたままべったり出てくるパスタ「癒着スパ」。
 「内閣改造定食 マス添え」は本日の日替わり定食です。
 メインのおかずが毎日変わりますが、マス(鮭)はどんなに主役が代わっても横滑りで登場。
 野党メニューにはオーダーが入ってから黒島に牛を買い付けに行く超スローフードの「石垣牛歩戦術丼」のほかお客の財源のめどが立たないフルコースメニューなどもあります
 まあ私には朔がありますから、残念ながらこんなお店をつくることはできませんが。
 もしお好みならば営業中に国会中継をおかけしましょうか(笑)?

 9年前の今日。2000年2月21日。 ラオス ヴィエンチャン 晴れ。
 そういえばここヴィエンチャンはラオスの首都だ。
 首都ではあるが車の通りも少なくあまりにも静かで平和な町だ。
 昨日の夕方薬草サウナというところに行きさっぱりとしてきたのだが、帰ってから扇風機にあたりすぎて寒くなってしまった。
 朝起きても体が多少だるい。
 料理長も夜中に蚊にやられたといって寝不足のようだ。
 午後からはブッダパークと呼ばれるワット・シェン・クワンにでかけた。
 そこまでいくバスは日本のODAで購入したものらしい。
 そのようにバスの横にでかでかと書いてあるからわかる。
 もし日本政府がそう書くように指示しているとしたらなんと下品で恥ずかしいことか。
 と、感じるのが日本人の感性と思うのだが。
 すくなくとも野暮ってもんだろう。
 バスはバス停がなくてもリクエストに応じて乗降のたびに停車する。
 自分が降りたい場所につくまではたとえ前に降りた人が10m手前で降りても一緒に降りることはない。
 乗る人も自分の目も前にバスがくるまで乗らない。
 だからしょっちゅうバスが止まりなかなか進まない。
 一時間かけてワット・シェン・クワンに到着。
 ワットとはいうが、かわった仏像がたくさんある変な博物館のような場所だった。
 しかもそれら仏像はセメント作り。
 結構笑えるのでお勧めのポイントだと思われる。

 
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ワット・シェン・クワンの仏像。 ぐえー

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ワット・シェン・クワンの仏像。 いえーい
 
by haiderinn | 2009-02-21 10:22 | おじさん放談

今週の週替わりメニューご紹介

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 陰暦では睦月の二十六日。
 雨降りで寒いなあ。

 今週の週替わりメニューのご紹介。
 今週のカレーは「タイ・グリーンカレー」です。
 ココナツミルクたっぷりで海老入り辛口のこちらをお待ちの常連さんも多いカレーです。
 今週のサラダは「シソ・ツナ入りポテトサラダ」です。
 シソの風味が効いていておいしい。
 クリームマヨネーズであえたポテサラです。 
 今週のデザートは「レモンゼリー カスタードソースがけ」です。
 ほんのりすっぱいさわやかゼリーにオレンジ風味のカスタードソースがかかっています。

 では今週もよろしくお願いいたします。
 なお、TRAVELERS' CAFE 朔は2月27日(木)より3月8日(日)の期間をお休みとさせていただきます。
 今週が休み前最後の週ということになります。
 みなさまのご来店をお待ちしております。

 9年前の今日。2000年2月20日。 ラオス ワンヴィエン→ヴィエンチャン 晴れ。
 5時起床。
 ワンヴィエンからヴィエンチャン行きのバスはどういうわけか5時40分から20分おきに3台だけという早朝のものしかなかった。
 朝日も登らない時間だったが市場ののバス停にはすでに大勢の人がいた。
 自分たちがバスに乗った時はもうだいぶ席が埋まっていて料理長とは別々の席に座ることになった。
 古めかしい木製の床で、通路には麻袋がたくさん置いてあった。
 こんなバスは中国以来久しぶりだ。
 自分の隣は偶然日本人女性で、このバスが日本製であることを教えてくれた。
 それにしても床の様子だけでなく運転席の下から各種配線がむき出しになっていたりするなど、相当古い車体でかることは間違いない。
 後から見ると日野製の車体であることがわかった。
 製造年には60と書いてあるように見えたが、1960年製だとするとちょっと古すぎるようにも思えた。
 ほぼ定刻にワンヴィエンを出発した時には立って乗る人も大勢いて、自分たちの二人掛けの席にもおっさんが当然という顔をして3人がけしてきた(そういうのにはもう慣れていた)。
 そんなに混んでいても道で人が待っているとことごとく乗せていく。
 20分あとには別のバスが来るので乗る方も一本待てばいいようなものだが満員なのもかまわず荷物を抱えて乗り込んでくる。
 ワンヴィエンからヴィエンチャンまでは集落が多く、その都度人が乗ってくるのでなかなか進まなかった。
 立っている人たちはかなりの混雑で不快だろうと思っていたが、皆おしゃべりなどして明るい雰囲気だった。
 1時間程度走ったところで右後方から明らかにパンクとわかるものすごい破裂音が聞こえた。
 しばらく走ったところで止まり、例によって自力でタイヤ交換が始まった。
 自分で直してしまうのは、いつ見ても感心してしまう。
 30分ほど修理にかけて出発。
 ガイドブックにはワンヴィエンからヴィエンチャンまで4じあkんとうことだったが、このバスも予定通り4じあkんで到着。
 パンク修理の時間も込で記されていたのか。
by haiderinn | 2009-02-20 10:07 | こんなメニュー