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小さな機関車トーマス

a0094201_9464652.jpg なつかしいなあ。
 トーマスとジェームスがトミカのミニカーになっているなんて。
 自分が子供のころはまだトーマスの実写版?なんてなくて絵本の世界のキャラクターでした。
 たまーに田舎の父がトーマスシリーズの絵本をお土産に買ってきてくれて夢中で読んだものです。
 絵本の中でジェームスは確かジャムをかぶっちゃうんじゃなかったっけな?
 自分のお気に入りはパーシーというトーマスと似た緑色の小さい機関車。
 今テレビで見るトーマスたちはかわいいけれど、顔が動いてちょっとこわい(>_<)。
 トミーのミニカーは子供のころデパートの売り場で釘づけでした。
 ようやく買ってもらった小さな箱に入ったミニカーはものすごくうれしいモノだったんですが、そのうちミニカー同士でぶつけ合ったりして傷だらけになっていきます。
 このトーマスのミニカーはチビサクのお祝いにいただいたもの。
 でも父がほしいなあ、これ(笑)。
 箱を見ると三歳未満のお子様の手の届かない所に置いてください、とある。
 チビサク、危険なので三歳になるまで父が預かっておく!

 9年前の今日。1999年11月30日。 サイゴン 晴れ。
 8時半起床。
 起きると、なんと同じドミにナカチャンがいた。
 ベトナムは北から南にいくとずいぶん同じ人に出会うが、ここまで一緒になるとほとんど行動を共にしているような気分になる。
 このホテルは朝食込なのがいい。
 パンケーキにチョコレートというものを注文したのだが、他の国でこのような洋風の食べ物を頼むと想像と全く異なるものが出てきたりするのだが、昨日のカルボナーラといい、今日の朝食といい、さすが植民地だったのがフランスだったせいか、その点おいしいものが出てくる。
 ベトナム人が器用だというのも、うまいものが食べれる一つの理由かもしれない。
 午前中はカンボジア領事館へビザ申請。
 数人でタクシーに相乗りしたが、ボッタクリなどなく気分がいい。
 午後からは大きなベンタイン市場へ。
 料理長がベトナムコーヒーのステンレスフィルタは今でも朔で使用している。
 昼飯は市場内でミエンガーという鳥肉入りの麺(6000ドン)
 どちらもぼったくられた感じはしない。
 むしろボッタクリは日本食レストラン「ドラエモン」だ。
 駐在員目当ての店とは言え、このベトナムで5ドル、6ドルの品がざらにある。
 仕方がないので、それでも安いほうの氷イチゴ1.8UDDを注文した。
 味はうまくて当然だ。
 情報ノート目当てで来たが、ほとんど見るべきものはなし。

 ベンタイン市場の食べ物屋で日本語を勉強していた、という二人の女の子ティーとティムに出会った。
 そのうちのどちらかが働いている土産物屋に連れて行ってもらう(そんなところには、あまり行きたくなかったが)。
 完全に日本人目当ての土産物屋で、おそらくは団体ツアーで来ると強制的に入れられるようなところだ。
 僕らが入っていくと、店員が何人もたちあがってきて、流暢な日本語で話しかけてくるのである。
 「アオザイ一着ぐらい作って行ったら?」
 「ベトナムコーヒーひとつ2ドル。3つでコーヒーフィルタおまけ」
 「傘は一ドル。今、暑いでしょ?夕方大雨降るから傘があったほうがいいよ」
 「(帽子は)そのまま被っていけばいいし、邪魔なら擦れてばいいんだから。1ドルなんだし」
 もう完全に心を閉ざして通り過ぎるのみだった。

 統一会堂を中心としたサイゴンの町はとても美しい。
 緑も多く、道路も整っている。
 そういえばベトナム人は道路をよく掃除している。
 この辺が中国とはちょっと違う印象だ。
 夕方、ベトナム人が足をつかって羽子板のように遊んでいるバドミントンのシャトルのようなものを買ってみた。
 ベトナム人がするように蹴って遊んでみたが、これがなかなか難しい。
 料理長の体調もいま一つなので早めに引き揚げ。
 この夜も洋食。 
 マカロニチーズとトマトシェーク(13.000ドン=約1USD)
by haiderinn | 2008-11-30 10:02 | こんないただきもの

まるざーフェスティバル

 健康福祉センターで本日「まるざーフェスティバル」という催しが行われるそうです。
 「まるざー」は「円座」のことだそうで、おもに女性が日頃の活動の成果を発表する場だそうです。
 その中で私がとても興味をひかれたのは、「イザイホー」の映像公開というもの。
 沖縄本島の離島久高島(くだかじま)で行われていた「イザイホー」という行事は、かつて12年に一度のみ行われていたそうです。
 しかし、行事を受け継ぐ住民がいなくなったことから1978年を最後にこの行事は行われなくなったとか。
 池澤夏樹編「オキナワなんでも事典」によると、久高島は沖縄で最も聖域とされるセーファ御嶽のま東にあり、太陽が生まれるところとされたそうです。
 久高島では神女のノロが正月に太陽に向かい身体を開き太陽の子を宿す儀式を行った。
 イザイホーはこの神女を生み出すセレモニーだったということ。
 んー、かなり興味深い映像であること間違いなしでしょう。
 16:30~の上映と聞いていますが、すみません、正確なところは「第11回まるざーフェスティバル実行委員会」 TEL0980-82-1243(←このサイトより情報拝借) に問い合わせてみてください。

 9年前の今日。1999年11月29日。 サイゴン 曇り。
 カメラがない!
 と気づいたのはチェックインの手続きが済んでからだった。
 いつもカメラを入れている小さいほうのデイパックから抜き取られていた。
 中古だったけれどNIKONの一眼レフで重かったけれど今回は写真を撮っておこうと荷物に詰めてきたものだ。
 カメラはまた買えば取り戻せる。
 しかし、中のフィルムは。。
 それが悔しい。

 ニャチャンを出発してバスがサイゴンに着いたのは早朝4時。
 どこのホテルも開いているわけがない。
 しかし、客引きはいる。
 とりあえずそいつらについていくしかない。
 そこがサイゴンのどこなのかすらわからないし、何せ眠い。
 客引きは小学生ぐらいのガキ数人だった。
 数人で連れて行ったところは民家のようでもあったが、上の階はちゃんとゲストルームになっているようだった。
 「ベランダがあるんだ。いい景色だよ」
 と窓の外に僕らを連れて行く。
 その間、荷物はソファーの上に置いてあった。
 下の階でチェックインのために起きてきたと思われる眠たそうなおばさんは英語はほとんど話せなかったが人はよさそうだった。
 部屋に戻り、では寝ようと思ったが、ふとデイパックの中に手を入れるといつも入れているカメラがなかった。
 もうガキどもはどこかに消えていき、おばさんに聞いても要領を得なかった。
 
 ムカついてしばらくは眠れなかったが、いつの間にか眠っていて、10時ごろ眼がさめた。
 どうせだめだろうが、一応警察に行くべきだ、という料理長の意見を汲んで出かける頃にしたが、その前に気分転換に飯を食う。
 なんとなくベトナム料理が食いたくなくて、外人カフェでカルボナーラとマンゴシェークというちょっと贅沢な昼飯(29,000ドン=約2ドル)
 食べたら少し元気が出てきた。
 しょせん自分はこの程度で気分が変わる。
 それでも気が進まなかったが警察に行き、調書をとってもらった。
 アホらしいことだが、手数料として20,000ドンをさらにとられた。
 ムカつくのでそのことについては考えないようにしよう。

 その日はもう最初のホテルに泊まりたくなくて、TAN THANH THANH HOTELというところのドミトリーに入りなおした(一泊3USD)。
 その日料理長が風邪をひいてしまった。
 ついていない一日。
 夜はベトナムカレーを食べたようだがよく覚えていない。
by haiderinn | 2008-11-29 10:08 | 島のこんな話題

今週の週替わりメニューのご紹介

a0094201_920248.jpga0094201_9204658.jpga0094201_9211769.jpg
 本格的に寒くなった石垣島です。
 毛布出しました。
 
 今週の週替わりメニューのご紹介です。
 今週のカレーは「ムング・ダール」、豆のカレーです。
 緑豆のひきわりをつかったカレーですが、バターがたっぷりでしっかりとコクがあります。
 ミニタンドリーチキンつきです。
 今週のサラダは「大根、ツナ、みず菜のサラダ」です。
 フレンチマヨネーズドレッシングでどうぞ。
 今週のデザートは「すりすりリンゴゼリー」です。
 すりおろしりんごたっぷりのヘルシーデザート。ヨーグルトクリームがけです。

 今週のサラダとデザートがついて850円とお得なランチは11:30~14:00まで。
 週替わりメニューは毎週金曜日から翌水曜日までとなっています。
 では今週もよろしくお願いいたします。

 9年前の今日。1999年11月28日。 ニャチャン 曇り。
 10半気象。あわただしく洗濯して宿の屋上に干したあとチェックアウト。
 しかし、次第に天候は雨に。
 正午過ぎには嵐の様相となり洗濯物は横からまともに雨をかぶってしまった。
 結局夕方のサイゴン行のバスの時間までに乾かず撤収。
 こんな雨の中、ナカチャンはママハンツアーというニャチャンでは有名なスノーケリングツアーのようなパーティー船ツアーのような船に乗って出発。
 目当ては豪華な南国フルーツ食べ放題だったのだが、雨に打たれながらフルーツの味はどうだったんだろう。
 サイゴンまでに道は比較的整備されていて、ホイアンからニャチャンまでのようなひどいことにはならなかった。
 途中夕食のため立ち寄ったレストランで、同じバスに乗っていたベトナム人が自分たちに話しかけてきた。
 まとまった話ではないが、いくつか印象に残る話を聞いた。
 彼は1945年のとき3歳だったそうだ。
 その時日本兵が彼の母親から500ピアストルという値段(とても安いらしい)で彼を買い取ろうとしたそうだ(もちろん母親が断った)。
 当時の日本占領下ではとても厳しい刑罰が設けられており、盗みを働いたものは手首を断ち切られたという。
 日本が去り、フランスが戻ってくると、彼のおじはジャングルに入り、1954年にフランスが敗れるまで戦い続け、その後南ベトナムの役人になった。
 しかし、75年に南北が統一されると南ベトナムの役人は全員解雇されてしまった。
 彼自身も時代翻弄されて転々と職を変えねばならず、今まで20ぐらいの仕事を体験し、ここ数年は英語を話すガイドとして成功しているそうだ。
 表面上はうかがい知れないが、国内で戦争が終わったのは、たった24年前。
 ほとんどの人は自分か、少なくても身近な誰かが戦争を体験しているわけだ。
by haiderinn | 2008-11-28 09:27 | こんなメニュー

新カレー試作中

a0094201_1473916.jpg 開店以来ずっと同じカレーでやってきましたが、そろそろ新しいカレーもどうかなと思い、ただいま試作の最中でございます。
 以前お客様からリクエストいただいた「バターチキン」。
 インド人がやっているカレー屋なんかにはよくあるメニューで、その名の通りバターがこってりと効いています。
 まあ、そもそもうまいカレーなので試作でつくったものもおいしくできあがりました。
 ただ、ここからお店で提供するのにどうするとよいか、ということをも少し考えないと。
 原価のことはもちろんですが、仕込みをどこまで入れておくか、手早く出すにはどうしたらよいかなど。
 なもんで、実際に週替わりメニューの仲間入りするのは、いましばらくお待ちを。
 
 9年前の今日。1999年11月27日。 ニャチャン 曇り。
 10時頃起床。
 昨日とは違い小雨も降る曇り空の一日。
 朝食はホテルの宿泊代(3.5USD)に込み。
 温かいパンと卵二つ分のオムレツが食べられた。
 ビーチへ行くと、またナカチャンと出会う。
 また棒倒しなどして時間を潰す。
 こんな他愛もないことをするために働いてきた。
 ああ、幸せ。
by haiderinn | 2008-11-27 14:24 | こんなメニュー

鼻の進化

a0094201_1216227.jpg サボテンに鼻が伸びてきた、はたして鼻は花になるのか?という話を以前かきましたが、今日はその続報。
 あれからさらにひとり伸びつつけるサボテン。
 最近はあまりに早く伸びる自分の重みでもってちょっと曲がってしまっています。
 以前は、途中2か所から延びてきた鼻。
 花はいったいいつ咲くんだろう、と毎日楽しみに見ていたところ。。。
 他に鼻がたくさん生えてきた(>_<)
 中には鼻から鼻が枝分かれしたものもあり。。
 で、この先どうなるの?
 鼻は鼻のままなのか。
 いまだ予想はつかず。
 今のところ花が咲くのに3000点かけている方がお一方いますが(前回のコメント欄参照)、他にはございませんか。よござんすか?
 さて、どうなるか。
 つづく。
 (11月26日はエキサイトブログのサーバーメンテナンスがあり、いつもの時間に更新できませんでした。あしからず)

 9年前の今日。1999年11月26日。 ニャチャン 晴。
 昨晩乗りこんだミニバスはひどかった。
 最後部で振動がひどくて眠れなかった。
 ニャチャンの町は広い。
 海は期待していたような透明さはないが、快晴の空と日本の本州のは浜辺とは比較にならないほどゴミの少ない浜辺が快適だった。
 ナカチャンに再会。
 棒倒しで負けて往復500mほどあるビーチを走ってビールとアイスをおごる羽目になった。
 町を散策すると、ニャチャンがとても過ごしやすいところであるとわかった。
 食事を取るところ、それもベトナム人が利用している店や屋台がすぐに見つかる。
 大型のスーパーマーケットもある。
 アオザイを着た学生の姿が多い。
 小学校の前にはバイクで子供を迎えに来る親たちが大勢たむろしていた。
 近辺には小学生狙いの甘味屋や小物屋の屋台が多く、赤いスカーフを首に巻いた子供たちが群がっていた。
 ニャチャンは夕焼けも美しかった。
by haiderinn | 2008-11-26 23:59 | こんな毎日

いかの?

a0094201_9505816.jpg 近所にこんな看板を見つけました。
 んー、どういうことだろうな?
 「いかのおすし」とは??
 ①「いかのおすし」はネタとシャリがくっつきにくい(のか?)ことから、悪い人にさそわれてもついていかないことを意味する
 ②「こっちにおいで」と言われて「そうはイカのキン○マ」と本来いうべきところ、教育上よろしくないので「いかのおすし」にした
 ③「こっちにおいで」と言われた時に、子供が「いかの?」と問いかけ、「キン○マ」と答えた大人にはついて行ってはいけない、ということ(「おすし」が正解)。
 などが考えられますが、誰かこの意味を知っている方がいたら教えてください。

 9年前の今日。1999年11月25日。 ホイアン 晴。
 10時頃起床。
 日本人の墓というところに行ってみよう、ということになった。
 昼飯のぶっかけ飯をかきこんでいるところに地元の少年が来て、日本人の墓まで案内する、という。
 墓自体には全く興味はなかったが、途中で何か面白いことになるかもと思い案内を頼んだ。
 日本人の墓と呼ばれる所は、田園風景が広がる中にぽつりとあった。
 かすかに潮風がただよい、牛やアヒルが田んぼにいる。
 とても良い場所に眠っているようだ。
 案内してもらいながら少年の話をいろいろ聞いた。
 16歳のこの少年は、高校を卒業したらダナンの大学へ行き、英語と数学の教師になる、と将来をしっかり決めていた。
 墓へは他の14~15歳ぐらいの少年たちも二人ほどついてきた。
 学校は毎日あるわけではないようだ。
 また、あっても一日中ではなく、午前と午後の部に分かれているようだった。
 年齢より顔つきはもっと幼く見える。
 やることもそれに似あって子供っぽかったが、日本の中高生のように擦れていないところがかわいい。
 墓から戻り、ものほしそうな顔をしている少年たちにレッドブル(ドリンク)をおごると、少年の行きつけのビルの屋上にあるカフェに連れて行ってくれた。
 ホイアンを見渡すことのできるところで、彼が連れてきてくれなければ来ることはなかった。
 お礼に日本の音楽をテープで送る、と約束した。
 (が、送らずじまい。スマン、少年)
 その夜、夜行バスでニャチャンへ。
by haiderinn | 2008-11-25 10:05 | こんな毎日

さあ、今度は八重山場所だ。

a0094201_8224766.jpg いやあ、大相撲九州場所終わりましたね。
 最初のうちは、朝青龍はいないし、白鵬も初日に敗れ、大関取りの場所の安馬も連敗し、地元大関の魁皇も休場と散々な場所になるかと思われた九州場所でしたが、中盤までベテラン雅山と出島が連勝を積み重ねることでなんとか興味を保ち、後半は調子を取り戻した安馬が場所を盛り上げ、最終的に引き締まった場所になりましたね。
 昨日の優勝決定戦もすばらしい相撲でした。
 ここ数年自分の関心が薄まっていた大相撲でしたが、今年に入りお店を夕方閉めるようになってラジオ中継が聴けるようになってから、再び盛りあがりを見せています。
 ラジオなもんで館内の声援とアナウンサーの実況が重なって、なんだかわーわー盛り上がっているうちに白鵬の優勝!ってなことになって、とにかく凄い相撲だったぐらいしか分からなかったのですが、家に帰って、こんなときは最近YOUTUBEという便利なものがあるんだな、と思いつき早速画像を見てみました。
 なるほど、最後は安馬の頭を抑え込んで力でねじ伏せた感じでしたね。
 と、ふと画面の右を見ると「千代の富士-北の湖戦」やら「千代の富士 九州場所8連覇」やらなつかしの映像がアーカイブされちゃってるじゃないですか。
 やばいな。
 自分の中で相撲が最高潮に盛り上がっていた中学生時代の映像がこれでもかとあるぞ。
 これ見出たら寝れない。
 ちょっとだけチェックして、また今度に。
 そうそう、朝青龍が九州場所後の地方巡業に意欲を燃やしているらしいじゃないですが、よしよし、石垣に来いよー。
 新大関の安馬に両横綱そろい踏み(全員モンゴル人だ)と楽しみな八重山巡業です。

 9年前の今日。1999年11月24日。ホイアン 晴 半そで 短パン。
 朝から晴れ間ののぞいた。
 ミーソンという遺跡へツアーに出る。
 絶好の天気だが、こうなったらこうなったで頭痛がするほど強烈な日差しだ。
 ミーソン遺跡。
 遺跡を見ても何も感じなくなったのはいつからだろう。
 いつも思うけれど教養がなくても楽しめるには、遺跡が大きかったり派手だったりしないとだめだ。
 ミーソンにはそんな派手な呼び物がなく退屈極まりないことになった。
 一緒になったヨーロッパの若者とアメリカ人が飲むルートビアの激マズなことに同感して笑い合ったりしたことのほうがはるかに印象深く記憶に残っている。
 ホイアンも飽きてきたので明日はニャチャンへ移動だ。
by haiderinn | 2008-11-24 09:04 | こんな毎日

期待していたんですが

a0094201_1005366.jpg ちょっと前にお客さんが熱心に読んでいた伊坂幸太郎。
 薦めていただいたので「重力ピエロ」というのを読んでみました。
 ミステリーってあんまり読まないんです。
 宮部みゆきをかなり前に読んで以来か。

 この本を薦めてくれたTさんには申し訳ないですが、「重力ピエロ」。。。うーん、ちょっと入り込めなかったなあ。
 この人頭でっかちすぎんじゃないかなあ、、と偉そうに思ってみたりしました。
 いろんな豆知識がちょっと鼻につく感じ。
 ちょっと展開が強引なところもあり、そういうところで白けてしまうこともあったり。
 今年の本屋大賞はこの方の「ゴールデンスランバー」だそうですが、どうなんでしょう。
 自分はこう思いましたが、きっとファンの方も多いと思いますので、またご感想などいただければと思いますが。
  
 9年前の今日。1999年11月23日。ホイアン 晴れのち雨。
 ホテルに全く朝日が届かないので10時まで寝込んでしまった。
 こんなホテルは早々にチェックアウトだ。
 ドミトリーのあるHOAI THANH HOTEL(3USD)へ移動。
 ようやく晴れ間がのぞく。
 昨日の移動で一緒だった方と街で出会い、トゥボン川のボートツアーに乗る(約1USD)。
 ボートから眺める景色は特別なものではないが、風が吹き抜けると気持ちが良い。
 船からあがり缶ジュースを買って川べりのベンチでくつろいでいると、ポストカード売りの女の子がやってきて
 「おまえ、ポストカード買わなかったな、バカ、アホ」
 と言ってきた。
 船に乗る前にそういえば同じ子からポストカードを勧められてなんとなく断ったのだが、その時女の子が
 「later(後でか)?」
 と言っていたのに適当にうなずいていたのかもしれない。
 それでも買いにこないことを責めているのかもしれなかった。
 それにしてもストレートに敵意を向けられるというのは、たとえ相手が子供であろうと気分がひどく沈む。
 こうしたことが頻繁に起きるとだんだんその国が嫌いになっていくのかもしれない。

 夕食後、映画を見に行く。
 待合室のロビーに貼ってある写真と解説はベトナム語で読めなかったが、どうやらベトナム映画のようだ。
 7時に上映が始まった。
 映画館自体は200人ほどは入りそうな中規模のホールだったが、映写機らしきものはなく、一番前に大きなプロジェクターが据え付けてあるだけだった。
 映画はなかなか始まらず、音楽ビデオを10~15分ほどはがしていると、客がじわじわ入ってきた。
 ようやく始まると英語の映画だった。
 なんだかジェラシックパークに似てるなあ、パクリか?
 と思っていたら最後にジェラシックパーク2のロストワールドだということに気づいた。
 それにしてもロビーの写真と解説はなんだったのか??
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(ホイアンの町並み)
by haiderinn | 2008-11-23 10:09 | こんな本

朔のアイスコーヒー

a0094201_939899.jpg ときどき私たちのアイスコーヒーがおいしい、と言ってくださるお客様に出会います。
 アイスコーヒーに関して特別な豆を使っているわけではないのですが、しいて言えばネルドリップで落としているのがこだわりではあります。
 だから紙パックのアイスコーヒーをいつも飲んでいる方にはちょっとおいしく感じられるのかもしれません。
 コーヒーの老舗東京代々木「TOM」のオーナーから直伝で教わった方法により淹れるアイスコーヒー。
 アイスなので飲む方にはわからないのですが、淹れているときにコーヒーの香りが店に立ち込めるのはなかなかいいもんです。
 ちょっと季節はずれの話題でしたが、石垣ではまだまだアイスを飲まれる方も多いんですよ。

 9年前の今日。1999年11月22日。フエ→ホイアン 雨。
 7時起床。フエの最後の朝も雨となった。
 ホイアンへの移動の途中、ベトナムの南北文化を分かつというハイバン峠の手前にあるランコー村のビーチからベトナムの海を見ることができた。
 うねりが高く、大きな波しぶきの音は少し離れた所でも聞こえた。
 南国の青い海などは見当たらず、泥の色に染まっていた。
 ベトナムの海がどこもこうなら、これから向かうビーチリゾートのニャチャンもあまり期待できないかもしれない。
 ホイアンに到着しても雨は断続的に降っていた。
 フエよりこじんまりした町は感じが良かったが雨のせいか気分は沈みがち。
 チェックインしたホテルも新しくはあるが、日差しが全く入らない部屋で気がめいった。
 そんな中でメールのチェックは楽しかった。
 地獄のような中国の寝台バスを共に移動したマスダ君はハノイに到着したらしい。
 自転車でサイゴンを目指すとか。
 あれ、先を急いでいるんじゃなかったっけ??
 大阪から鑑真号で一緒だったヨシカワさんはウルムチまで向かう夜行列車で荷物を丸ごと取られたと聞いていたが、その後無事に国境を越えてパキスタンのラワールピンディーにいるらしい。
 あちらは間もまく始まるラマダンに戦々恐々。
 景洪(ジンホン)で一緒だったアヤベさんはその後無事ラオス入り。
 サイゴンで会えるだろうか?
 このところ、年末をどこで過ごすかがテーマだ。
 どこかビーチのあるところでのんびり過ごしたい。
 候補はインドネシアのロンボク島、知人がいる西サモア、そしてフィリピン。
 なかなか決まらない。
by haiderinn | 2008-11-22 09:51 | こんなメニュー

今週の週替わりメニューご紹介

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 急に寒くなり、石垣でも風邪がはやってきたとか。
 カレーで暖まりましょう。

 今週の週替わりメニューのご紹介です。
 今週のカレーは「タイ・イエローカレー」です。
 鶏肉とジャガイモ、ナスをつかったマイルドタイプのタイカレー。
 今週のサラダは「キャベツとパプリカのサラダ」です。
 ちょっと酸味と辛味を利かせたマスタードフレンチドレッシングでどうぞ。
 今週のデザートは「オレンジ風味のチョコプリン」です。
 チョコとオレンジはとてもあいます。
 濃厚なチョコは寒い季節にもぴったりですね。

 以上、今週の週替わりメニューも次の水曜日までよろしくお願いいたします。

 9年前の今日。1999年11月21日。フエ 雨。
 8時半起床。
 昨晩降り始めた雨がまだ続いていた。
 古い町並みが見れるとのことで午後からは小雨の降る中を散策。
 しかしそれとわかるような地域を見つけることは出来なかった。
 中国といる時と比べると街を歩いていても新しい発見をすることが少なくなってきている。
 それでもってすぐに疲れる。
 移動が多いからか。
 好奇心の磨滅が早くも始まったか。
 夜はBINH DUONG ゲストハウスの日本人のおかみさんKさんにレストランに連れて行ってもらい、イカの炒め物、卵焼き、肉野菜炒め、スープなどを食べた(23,000ドン=約1.6ドル)
by haiderinn | 2008-11-21 10:06 | こんなメニュー