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本日臨時休業です

本日 5月31日(土) は都合により臨時休業いたします。申し訳ありません。また明日以降よろしくお願いいたします。

 11年前の今日。1997年5月31日。旅の374日目。イタリア フィレンツェ。
 ウフィッツィ美術館へ。
 数年前の爆弾テロの影響か、展示されていない絵画もたくさんあるようだった。
 ここでもフィリッポ・リッピの聖母子像が目をひいた。
 ラファエロはルーブルにあるものの方が自分は好きだ。
 ボッティチェリの「春」と「ビーナスの誕生」が一番有名だが髪の毛の描き方や布地の模様などがあまりにメルヘンチック。
by haiderinn | 2008-05-31 11:24 | こんな毎日

週替わりメニューのご紹介

 まず告知なのですが、
明日31日(土)は都合により臨時休業とさせていただきます。
申し訳ございません。

 さて、来週水曜日までの朔の週替わりメニューをご紹介いたします。
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 今週のカレーは「サグ・パニール」(ホウレンソウとチーズのカレー)です。
 辛目のほうれん草カレーとマイルドなカッテージチーズを合わせてお召し上がりください。 
 今週のサラダは「ベーコン、ポテト、キノコのサラダ」です。
 ポテトサラダといってもマッシュしたものではなく、少し歯ごたえを残した温野菜サラダ。
 マスタードフレンチドレッシングでどうぞ。
 今週のデザートは「アーモンドとバナナのケーキ」です。
 今回は全粒粉をつかっていますのでその分香ばしいですよ。
 ほんのりシナモンの香りもします。

 では、これから一週間、今週もよろしくおねがいたします。

 11年前の今日。1997年5月30日。旅の373日目。イタリア フィレンツェ。
 フィレンツェのあるトスカーナ地方にはいくつか中世の街並みが美しい都市がある。
 そんな中の一つサン・ジミニャーノへ。
 塔の町だ。
 町のいたるところに中世からのこる塔が建っている。
 しかし、塔だけではこの町のよさも半減だろう。
 静けさとトスカーナを見渡せるロケーションのよさがあってこそのサン・ジミニャーノ。 
 丘の上から塔の立ち並ぶ街並みとその向こうに広がるトスカーナの村や畑を見渡し、深呼吸。
 あまりに気持ちよくて広場の教会の階段で居眠り。
 イタリアで今のところ最も気に入った町となった。
by haiderinn | 2008-05-30 09:58 | こんなメニュー

開店! 「sugar and spice」さん

 先日6月1日にOPENとお知らせしたばかりの「女の子のための」お店「sugar and spice」さんが、なんと余裕のOPEN前倒し発進で5月29日にOPENしました。

 場所は沖縄銀行八重山支店の裏。あやぱにモールからもすぐのところです。
 お、かわいい看板発見。
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 とりあえず今日はおじさん一人ではなく料理長ときてみましたので、「女の子のための」入口もすんなり突破。

 すると、まず右手に、こ、これはー!
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 先日「蓮屋」さんにあると紹介したばかりの鳥かご。
 いい具合にディスプレイされて、、、しかも、こ、この鳥は、、、朔の店内にもいる鳥たちの仲間たち↓(下の写真が朔の店内)
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 鳥かごのとなり。
 あぁ、これね。チュニックっていうんですよね。おじさんしってるよお。古代ローマ時代から着られているものなんですよ(すみません、、先日のブログのetamama3さんから教えていただいたばかりです)。
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 店内には古着や新品の「女の子のための」服がたくさん。
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 雑貨ももちろんあります。
 エッフェル塔のおきもの。
 フランスのお土産でしゃれで買ってくるようなものも、飾り方次第でこんな風にキッチュなインテリアにちゃんとなるんですね。
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 そして、店の一番奥に発見!
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 朔にもいる白クマとウメちゃん展にも来ていた動物たち(白クマももともとはウメちゃんが持ってきた)。
 石垣でも手に入るようになったんですね。
 コウノトリはちゃんと赤ちゃんを運んでいます。

 ガーリーな店内ではありますが、男性一人でも(場合によっては)大丈夫。
 女性はもちろん、かわいいもの好きなおじさんならちょっとほしくなるものもあるのでは?
 こんな「sugar and spice」さんでした。

 11年前の今日。1997年5月29日。旅の372日目。イタリア。
 ヤニスと別れラベンナへ。
 ビザンチン文化が残るモザイクの町。
 イタリアになぜビザンチン文化が残っているのかは世界史に疎い自分にはよく分からないが、モザイクは確かに他にはないぐらいの規模と美しさだ。
 ただ、さほど面白くはない。
 ラベンナをそのまま離れてフィレンツェへ。
 5年前ぶりだ。
 安ホテルを探してしばらく歩いたが見つからなかったのでやむなく40ドルもする二つ星ホテルに泊まるというぜいたくをしてしまった。
 まあ一晩ぐらいならかまわないだろう。
 5年前初めてフィレンツェに来た時、トイレに似た陶器の器具がビデというものだとしらず、ホテルのおばさんに尋ねて困らせたような気がする。
 街のシンボルのドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)を初めて見た時は、美しさに見とれてしまいずっと横に座って見上げていた。
 町並みも素晴らしく、見るものすべてにため息をつき鼻息を荒げ、まさにヨーロッパ初体験の人はこうあるべきといわんばかりのうかれようだった。
 その感動をもう一度味わいたかったが、どういうわけだかできなかった。
 フィレンツェは少々観光地化されすぎたやかましい街にさえ思えた。
 町を見渡せるミケランジェロの丘にも登ってみた。
 あのときはあれだけほれぼれとした風景も少し色褪せていた。
 ベローナのほうが美しい気もした。
by haiderinn | 2008-05-29 23:59 | こんな人たち

ニガナをいただきました。

a0094201_10182077.jpg お客様からヨモギとニガナをいただきました。
 ヨモギはご存知でしょうがニガナは内地の方には親しみないと思われます。
 ニガナはこちらの呼び方で和名は「ほそばわだん」というそうです。
 野菜です。
 苦いです。とっても苦いです。ゴーヤよりずっと苦いと思います。
 こちらに来てスーパーで初めて買ったとき、食べ方がわからなかったので、正々堂々といためもので真っ向勝負してみたところ、あまりの苦さに食べきれなかった、という経験があります。
 これは白和えなんかにして食べるといいらしいです。
 なので昨日は料理長が白和えにしました。
 すると、確かにニガナは苦いには違いないのですが、胡桃のドレッシングということもあり、これなら食べれる。
 たいていこういう野菜に限って栄養たっぷりなんですよね。
 調べてみるとやっぱりビタミンCやカルシウムなどがたっぷりだそうです。
 といってもこれからもあんまり手が出る野菜ではないですが。

 11年前の今日。1997年5月28日。旅の371日目。イタリア サン・ラッツァロ。
 ヤニスにボローニャの案内をしてもらった。
 メインの広場のネプチューン象。
 腰の前に左手を突き出している。
 像の右後方30度ぐらいから見ると別なものが腰の前に突き出しているかのように見える。
 イタリア人の男の子もこんなことで喜ぶらしい。
 どこもかわらない。
 広場近くのアーケードのひとつ。
 一つの柱から対角線上にある別の柱に向けて糸電話のように声の交換ができる。
 おもしろいが、そうして1時間ぐらいすごすと、お金のない自分たちには遊ぶことがなくなってしまったので、彼の家があるサン・ラッツァロという町にもどった。
 彼の友達もよんで公共のコンピュータセンターでウィンドウズ95の対戦型ゲームをしたが、彼らは毎日それで遊んでいるらしく自分の相手にはならなかった。
 センターの係員が何かの本で読んだらしく、こんなことを聞いてきた。
 「日本の夫は妻が浮気しても平気なのか?」
 そんなわけないだろ。
 「日本では会社のオーナーが社員の花嫁を決めるのか?」
 上司が部下の嫁さんを世話してやる、という話なのかもしれないが、いつの時代の日本のはなしだろう。
 やがて、ゲームにも飽きたヤニスが、彼が組んでいるバンドの仲間の家に行こうと言い出した。
 行ってみると、知的でおとなしく見える男が「今勉強していたところだ」と言って出迎えてくれた。
 見るとベートーベンについての本にたくさん線が引っ張ってあった。
 彼は、昼間老人会の世話をボランティアでする代わりに老人会の施設の二階を無料で間借りしている。
 そうしているところに近所の小中学生ぐらいのガキどもが乱入してきて、自分を日本人とみるや、空手で勝負しよう、と挑んできた。
 くそガキどもは調子に乗り放題で終いには背中にけりをくらった。

 夜はそのヤニスの友達君がパスタをこしらえてくれた。
 繊細な感じのする彼は料理も上手だった。
 フランス製のウゾーのような酒(たぶんパスティス)を飲んでみな酔うと、今度は彼らはマリファナをやりだした。
 自分は吸わない。
 「なぜ吸わない?」
 吸う理由がないからだ、と答えると
 「なるほどな。では、なぜ酒は飲むんだ?」
 今度は答えられない。
 常習性のないマリファナは酒を飲まない地方で酒替わりに吸われているのも見た。
 合法か違法かの差だ。
 しかし、この田舎の一軒家に警察が乗り込んでくるわけがない。
 美しく生きるためにはイノセントであることが必要なのだ。半ば以上崩れている自分のイノセンスのなかで健全に残っている部分をまた取り崩して頽廃の世界に足を踏み入れるのは哲学が許さない。
 なあんてなわけないし。。
 結局答えは、ビビっているから、なのだった。
 いつまでも拒んでいるものでもないような気もしたが、旅に出たらみな吸う、みたいなところがやはり気に入らない。
 ほとんど意地のようなもので、その新しい体験を拒むことにした。
 バンドの他のメンバーも現れてセッションが始まった。
 ヤニスの声はきれいだ。
 彼らの演奏を聴きながら心地よく眠ってしまった。
 結局自分は酒で十分なわけだ。
by haiderinn | 2008-05-28 10:25 | こんな毎日

たこ焼き屋さん移動!

a0094201_10405096.jpg 昨年12月から近所の下地脳神経外科駐車場で営業されていた たこ焼き屋の「corocoro cocolo」さんが本日から営業場所を変更するそうです。
 今度は真栄里のイエローキャブ前で営業するとか。
 お店から営業中の「corocoro cocolo」さんが見えていたんですが、半年前よりもずいぶんお客さんが増えたようだなあ、と思っていました。
 でも、今度の営業場所のほうがおそらく前を通る人も多いはず。
 移動販売のいいところは、お客様がいるところを目指していけるところ。
 きっとさらに繁昌されることでしょう。
 今までご利用のみなさん、今度は真栄里の方ですよ。
 「corocoro cocolo」さん、お疲れ様でした。

 11年前の今日。1997年5月27日。旅の370日目。イタリア ベローナ。
 早朝5時にベローナに到着してしまった。
 しばらく駅でうとうとしたあと、近くのマントバという町へ。
 観光客も少ないこじんまりとしたところだが、石畳の広場がいかにもイタリアらしい。
 数年前に1週間ほどのイタリア旅行をしたことがある。
 そのときに受けたイタリアの印象はとてもすばらしかった。
 また戻ってきたなあ、と嬉しくなる。
 とはいえ夜行列車でほとんど眠れなかったので、公園のベンチでうとうとしてしまった。
 ほとんど観光らしいこともせずベローナへ戻る。
 ベローナにはフィレンツェで感じたときのような美しいイタリアがあった。
 特に丘から見下ろすレンガ屋根と曲がりくねった川の眺めが素晴らしい。
 メインの広場の前の食堂には昼時とあって地元のイタリア人らしき人たちがたくさん来ていた。
 パスタがとてつもなくうまかった。
 
 ここではイタリア人のヤニスの家に泊まらせてもらうことになっていた。
 ヤニスとはイスラエルのハイファからギリシアまでのフェリーで出会った。
 母親がブラジルから帰ってきているから長くは泊まれない、と電話で言われていたが、ヤニスの家に行ってみて意味がわかった。
 彼の家は、一軒家の二階だけを借りていて、寝室が二つにダイニング。
 それぞれの部屋に一人ずつしか横にあるスペースはない。
 おじいさんもいるから今晩は4人の大人がとまることになっている。
 それでも彼はベッドを自分のために開けて、母親とソファで寝る、と言っててくれた。
 これでは長居する訳に行かない。
 夕食はヤニスのお母さんのつくってくれたマンマのペンネ。
 陽気なお母さんが、自分に日本の国歌を歌ってくれとせがんできた。
 国歌ではなかったが仕方なく君が代を歌った。
 きれいな歌だとほめてくれた。
 ヤニスがイタリア国歌を歌う。
 リタリア!リタリア!
 勇ましい歌だが、彼が言うには、敵を殺せ、闘えという内容らしい。
 どちらもろくな歌じゃない。
 とりあえずお母さんは喜んでくれた。
by HAIDERINN | 2008-05-27 10:49 | こんな人たち

台湾行のフェリー

 石垣は国際空港がありません。
 台湾まで200kmという近距離にありながら、いったん400km離れた那覇まで出てから台湾に行くという航空ルートしかとれないわけです。
 しかし、海路は別。
 石垣から台湾に向かうフェリーがあります。
 自分も石垣に住んでいるからには、いつかこのフェリーを使って台湾に行きたいと思っています。
 ところが、この路線を運航している唯一の海運会社の有村産業が破産することになってしまいました。
 使用していたフェリー「飛龍」「飛龍21」号がどこかほかの会社に買収されて運航継続しないかぎり、路線はなくなります。
 しかし、新聞報道によるとその見込みは非常に薄いようです。
 あああ、しまった。乗っておけばよかった。

 まあ、自分がフェリーで台湾に行けるか、行けないか、ということは小さな話なんですが、有村産業が破産してしまうことで、従業員の方や有村産業の下請けの運送会社などはたいへん困ることになってしまうようです。
 そのほかにも、台湾人の方々で頻繁にフェリーを利用している方々も困るでしょう。
 しかし、ここでは自分はあえて一旅行者の視点で話をさせていただきます。
 この「飛龍」「飛龍21」は石垣と台湾だけでなく、石垣と那覇を結ぶ唯一の貨客船でもあります。
 少し前までは琉球海運という会社が那覇と石垣をフェリーで結んでいましたが、琉球海運は全て貨物輸送にきりかえてしまいました。
 私も10年以上前に、どちらの会社のフェリーか忘れましたが、初めて石垣に来たのは那覇からの船でした。
 なぜ、船?
 それは、チャリンコと一緒に旅していたからです。
 そう、フェリーがなくなると自分のようなチャリダー(自転車で旅する人)やバイクで日本を旅する人が石垣にこれなくなってしまう。
 自転車やバイクで来て米原でキャンプ、ということができなくなってしまいます。
 それらの人が石垣さらには与那国まで行き、日本の果てまでバイク(自転車)旅をする、というロマンを実現するのが、難しくなるのは間違いありません。
 やろうと思えば、バイクや自転車だけ貨物として輸送して、自分は飛行機で来る、ということができるのでしょうが、それにかかる費用と手間はフェリーのときと比べるとずいぶん違うでしょう。
 いやそれ以上に、フェリーで他の仲間と語りながら過ごし、自分のバイクや自転車とともに上陸する、走り出す、ということ自体が、バイクや自転車旅の欠かせないひとコマのはず。
 今では利用しないくせに、こういうのもなんなんですが、残念でしかたありません。

 11年前の今日。1997年5月26日。旅の369日目。リヒテンシュタイン。
 リヒテンシュタインは、盆地特有の蒸し暑いところだった。
 何があるというわけでもない。
 国が小さいことそれ自体が観光資源のようなところかもしれない。
 首都、というよりいくつかある村の一つのファドゥーツへ。
 「味自慢うどん」と書いてあるのぼりを発見。
 店の前のうどんのサンプルは、どんぶり器の中に麺のサンプルと即席ダシ、それに七味唐辛子のビンが乗っかっていた。
 よせばいいのにチキンカレーを注文。
 10ドル近くする。
 出てきたのは、パラパラのご飯に酸っぱいつゆがかかっているもの。
 とてもカレーとは認めがたい代物だった。
 ファドゥーツで唯一の見どころと思われたのは、皇居のある丘からの町(国)の眺め。
 皇居の隣では牛がのんびりと草をはみ、一見したところほとんど警備らしい警備は見受けられなかった。
 どうしてこの国が国の単位として生き残ったのか不思議だ。
 その日は夜行列車でイタリアへ向かった。

 
by haiderinn | 2008-05-26 10:46 | 島のこんな話題

博多通りもん

a0094201_10222142.jpg 福岡のおかしをいただきました。
 「博多通りもん」
 「通りもん」とはいったい何だろう?
 「肥後のもっこす」とか「土佐のいごっそ」みたいな偏屈なひとのことかと思いきや、博多どんたくで太鼓や三味線でお囃子をする人のことだそうな。
 偏屈モノがおかしの名前になるわけないか。
 で、このおかし、西洋和菓子とあるように中のあんこが洋風。
 白餡に練乳や生クリームが入っているようです。
 この手のお菓子に自分は弱い。
 うまーい。
 また食べたいお菓子が増えました。

 11年前の今日。1997年5月25日。旅の368日目。ドイツ ケンプトン。
 ケンプトンから有名なノイシュバインシュタイン城が近い。
 ニコラスとともに朝から自転車で出かけた。
 といっても、城まで自転車をこぐわけではなく、途中自転車を電車に乗せて移動。
 自転車を利用しやすい仕組みが出来上がっている。
 それにしても、駅まで自転車を飛ばすのにすっかりくたびれてニコラスについていけなかった。
 この1年の運動不足は相当なものだ。
 それでも12kmのサイクリングは楽しいものだった。
 南ドイツはどこか北海道に似ている。
 牧場が広がり、乳牛がムシムシと牧草にくらいついている。
 日記によれば、
 「自転車をこぎながら思い出した。そういえば一昨日で旅だちから一年たつのである。」
 当日、気づいていなかったのだった。
 そのことをニコラスに話すと、自分のことを新聞記事にしてやる、と言われた。
 ノイシュバンシュタイン城はどうということはなかった。
 よくある山の上から見下ろした写真が一番よく見える角度なんだろう。
 近づくと、やけに新しい感じで、悪く言えばディズニーランドの安物にさえ見える。
 中はガイドツアーに従って行動することになっている。
 少しでもツアーを離れようとすると、皆の前で
 「今、少し問題のある方がいるためにみな様しばらくお待ちください」
 などとひどいことを言われる。
 
 その日のうちにニコラスと別れてケンプトンを離れた。
 ドイツとスイスの国境の町リンドゥに宿泊。
 全く泊まる予定はなかったリンドゥだが、湖畔の町はとてもリラックスした雰囲気で、野外ライブなどを聞きながら気持ちよく過ごせた。
by haiderinn | 2008-05-25 10:35 | こんないただきもの

6月1日OPEN 「sugar and spice」さん

a0094201_9542172.jpg 「女の子のための古着と洋服と雑貨のお店」というと、限りなくおじさんが入り込む余地がなさそうなお店なのですが、屁理屈をいえば、この「女の子のための」がいったいどこまでを修飾しているのか次第で、もしかしたら洋服や雑貨に興味があるおじさんもOKかもしれない、ということが言えなくもありません。
 しかし、その下に英語で
 used clothing & more goods for girls
 と書いてあるのを合わせて読んだとき、今度はfor girls がmore goodsのみを修飾している、というのは無理があることを世間のおじさんは理解せざるを得ないでしょう。
 
 昨年まで桟橋通りで営業していた玄米カフェslowのアイコさんが今度は「女の子のための古着と洋服と雑貨のお店 sugar and spice」をオープンさせます。
 場所は沖縄銀行八重山支店のすぐ裏。
 同じ通りには「ザ バー」さん(「さん」をつけるとちょっとおもしろいですね) とかカレー屋の「あむりたの庭、そして音楽」さんとかバーの「ココソン」さんとか美容室の「エリーロンドン」さんとかがあるおシャレーな通り。
 オープンは6月1日。
 ほぼ出来上がっているように見える店内を少しだけのぞいてみました。
 むむう、おじさんが見てもかわいい服が、すでにたくさん。
 雑貨は見えませんでしたが、カフェ時代には北欧の雑貨を扱ってられました。
 お店にもってきていただいた写真とはべつのチラシには「USED T-シャツ ¥1,200~」「刺繍ワンピース 8,900~」「サマーワンピース ¥3,500~」中に「チュニック ¥3,200~」などなど。
 ところで「チュニック」というのはなんですか?
 センスのよさはslow時代から知っている方はご存じかと思います。
 このチラシも上手。
 わたしに入る勇気があれば、雑貨コーナーをのぞいてみたいです。
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 11年前の今日。1997年5月24日。旅の367日目。ドイツ ミュンヘン。
 ノイエ・ピナコテーク(新美術館)へ。
 フィリッポ・リッピの「受胎告知」が際立っていたが、これは改築中のアルテ・ピナコテーク(旧絵画館)から移動して展示してあるものだった。
 肌寒かったせいもありミュンヘンの街にはそれほど魅力を感じなかった。
 5時30分ごろの電車で近くのケンプトンという町へ。
 そこには4月のはじめにマケドニアのオフリッドで出会った高校生パックパッカーニコラスがいる。
 ニコラスは相変わらずさわやかな笑顔で迎えてくれた。
 駅から家まで40分歩く間、彼が教えてくれた。
 このケンプトンという町は、一見田舎町だが、この周辺の産業の中心地で外国人も街の人口の1割ほどいる。
 ネオ・ナチは活動していないが、最近ではアルバニア人が麻薬の売買をしていて問題になっているらしい。
 高校生の彼が、地元のこととはいいながら社会のことを実によく知っていることに関心していると、実は彼は地元紙の記者兼カメラマンとして収入も得ているという。
 週に一度のペースで仕事の依頼が来て、取材をして写真を撮る、ということをもう1年も続けている。
 自分がジャーナリストである、といことに誇りを持っているようだった。
 もう仕事をしているのだから高校を卒業しても大学に行く必要はない、ともいう。
 できれば今年の夏から1年休学してインドあたりで仕事してみたい、とうが彼の希望だ。
 自分の高校時代から比べて何と大人なんだろう。
 彼と明日の予定をたてていると、様々なプランを立ててくれて、それについて「どう思うか?」
 何か意見をいうと、「君がそうしたいなら、そうすることにしよう」
 と話しぶりがなんとも大人だ。自分よりも大人かも。
 ドイツ人の教育の仕方がこのようなものなのかもしれない。
 相手がどうしたいか確認する。
 「○○してはいけない」
 ということが多い日本のやり方とずいぶん違う気もする。
 家は集合住宅だった。
 自分をもてなすのも母親頼りではなく、自分でやる。
 彼と話すと驚くことが多い。
 高校の授業はなと12時40分までで、その後は全くの自由。
 何をしているのか?
 友達と話したり、彼の場合は趣味といってもいいマラソン(1日12km~13km)をしたりしている。
 夕方まで授業がびっしりあった自分の高校時代と比べてその自由さがうらやましい。
by haiderinn | 2008-05-24 10:25 | こんな人たち

今週の週替わりメニュー

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 今日から来週水曜日までの朔の週替わりメニューをご紹介いたします。
 今週のカレーは「キーマカレー」です。
 ご存知ひき肉のカレー。鶏ひき肉をたっぷりつかっています。
 お肉とたっぷりたべたいという方はぜひどうぞ。
 辛さは中辛程度です。
 今週のサラダ゙は「小松菜、キャベツ、コーンのサラダ」。
 小松菜、キャベツをたくさん食べれる温野菜にしました。ホワイトクリームドレッシングでどうぞ。
 今週のデザートは「シュリカンド」です。
 聞きなれないものかもしれませんが、インド風の濃厚なヨーグルトで少しだけインド風にスパイスをきかせてあります。ほんのりサフランで色づけしてあります。
 では今週もよろしくお願いいたします。

 11年前の今日。1997年5月23日。旅の366日目。
 旅の1周年。
 日記に何か感慨めいたものが書かれているかと思ったら、全くそのことには触れられていない。
 わずか2行日記。
 「ミュンヘンへ移動。シャモニー近辺は朝から荒れていて山がよく見えたのはいいのだけれど、1日4回も乗り継いで半日かけての移動はこたえる」
 とのみ。
 ミュンヘンの宿でくたびれて書いたらしい。
 むしろ、このブログを1年やってきた今のほうが感慨深いぐらいだ。
 後少し続くので、おつきあいいただける方はどうぞよろしく。
by haiderinn | 2008-05-23 10:34 | こんなメニュー

お店訪問 台湾料理 美好

 石垣島には台湾から移り住んでいる方が数多くいらっしゃいます。
 台湾までは200km、那覇まで400kmという距離ですから、近隣の最も大きな都市は台北ということになるかもしれません。
 そんなせいか、石垣には中華料理屋にしめる台湾料理の割合が高いようです。
 そんななか、私たちが最も数多く利用するのが「美好」。
 「めいはお」と中国語読みする人とそのまま「みよし」と読む人と二通りありますが、店を一人で切り盛りする台湾から来たおばちゃんにはどちらなのか確認したことはありません。
 さて、木曜日は台湾からク豪華客船に乗って大勢の観光客がやってくる日。
 「美好」はいつもの中華の香りと軽く中華風に飾られた店内に加え、今日はいい感じに酔っぱらっている人たちが大音量の中国語会話。
 石垣にいながら相当台湾気分。
 メニューはこちら↓
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 「お食事」の欄には野菜炒め(炒青菜) 600円、ゴーヤチャンプル 700円 蒸しチキン 800円など
 「単品料理」の欄には そば(大) 600円 (小) 400円 チャーハン(炒飯) 600円 ピータン 500円 など
 「お食事」と「単品料理」はどう違うんだろう?
 そして衝撃のメニュー裏面↓
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 「飲み物」の欄に 八宝粥 小龍包 やきそば 豆腐チャンプル 焼肉
 一個も飲み物がない!
 まあ、いいんです、細かいことは。
 ここは料理がとてもうまい。
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 今日は前から食べたかった「蒸しチキン」にお気に入りの「豚の腸詰」そして「野菜炒め」に「水餃子」。
 3人でこれだけとれば、相当おなかいっぱいになれます。
 一品の量がとても多いので注意してください。
 「蒸しチキン」は朔の海南チキンのような蒸し鶏にちょっと意外なあまからケチャップのようなソースがかかっていました。うまい。
 「豚の腸詰」は、これもなかなか日本にない味。いい感じに甘いんです。ラオスなんかでも食べた事のある味。
 いつもなぜか頼んでしまう「野菜炒め」は空心菜の炒め物。シャキッと炒めてあって中華味。素人にはなかなかまねできません。
 「水餃子」もかなり自分が気に入っている味です。もっちりシンプルなのがいい。
 写真の「豚の腸詰」の横にでているキュウリの漬物も実はうまい。
 この皿の他につけ出しのような形で最初にでてきます。
 ほかでは食べたことない味付けだけど、くせになります。
 
 「美好」のおばちゃんがまたとてもいい人で、ちょっとぶっきらぼうな日本語ですが笑顔のサービス。
 腹いっぱいになってお勘定をすますと、いつもその安さにびっくり。
 お得感いっぱいの「美好」は、あやぱにモールを公設市場の前あたりから南側にちょっとだけ出たところ。
 お勧めです。

 11年前の今日。1997年5月22日。旅の364日目。フランス シャモニー。
 12年前の5月23日に出発したこの旅。
 翌日が1周年となる。
 だから今日が365日目になるはずだが。。。。
 どこかでカウントだぶったか。
 明日から366日目ということに修正。
 
 朝から雲が出ていたがじっとしていても仕方ないのでロープウェイを使ってエギーユ デュ ミディと呼ばれる展望台となっている頂に上がった。
 展望台までのロープウェイには日本、韓国、中国などのアジアからの観光客が大勢乗り込んでいた。
 最後はエレベータで頂上まであがると、ちょうどその頃になって雲が動き始め、モンブランのなだらかな峰が見えてきた。、周りの剃刀の刃のような山の背も次第に姿を見せ、絶好のコンディションになった。
 展望台では日本語が多く聞こえた。
 厳しい冬山の景色のBGMが新婚旅行の猫なで声で多少げんなりした。
 それでもしばらく展望台で風景に見惚れていたが、場内放送で
 「亀有信金の○○さまー」
 と呼び出しがあったときには、頭の中がホワイトアウト。
 下山。
by haiderinn | 2008-05-22 23:59 | こんな朔