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今週の週替わりメニューご紹介

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 今週もよろしくおねがいいたします。金曜日から始まる朔の週替わりメニューをご紹介いたします。
 まず、週替わりカレーは「サグ・パニール」。ホウレンソウとチーズのカレーです。写真で見てもおわかりかと思いますが、トッピングにほうれん草が乗っているカレーではなくて、ほうれん草のペーストがカレー本体になっているものです。マイルドなイメージをもたれる方もいらっしゃるかもしれませんが、朔の中では辛口カレーの部類にはいります。上に乗っているカッテージチーズでまろやかにしてお召し上がりください。
 週替わりサラダは「ハム入りコールスロー」。おなじみコールスローにハムをミックス。
 週替わりデザートは「ココナツヨーグルト」です。濃厚ヨーグルトにココナツパウダーで風味をつけたものにパインと桃がゴロゴロです。

 11年前の今日。1996年8月31日。旅の101日目。インド デリー
 例のドクターが紹介してくれたホテルは安かったが、部屋には全く窓というものがない。昼も夜も暗い裸電球一本。天井にファンがまわっているばかりでもちろんクーラーなどはない。暑いので部屋にいるときはファンをかなり強めに回す。こうすると案外涼しい。
 しかし、インドはこの首都でも停電を起こす。そうなるとどうしようもない。部屋は真っ暗だし、暑い。終わっている。
 ホテルを替えるにも、ドクターが帰ってくるかもしれない、という望みを捨てていないので勝手に移動するわけにはいかない。
 暗ーいなかで本を読み、日記をつけ、持参の短波ラジオを聴くしかない。暗ーい毎日が続く。
by haiderinn | 2007-08-31 10:11 | こんなメニュー

もう買えないけどお勧めしません

a0094201_8233291.jpg この商品、問題発生でライオンさん自主回収だとか。
 実は、朔にもおいてあります。
 殺虫成分ゼロなら飲食店向きだなあ、と思って買いました。
 それに、虫を凍らせて退治する様を見てみたかったので。
 今世間を騒がせているのは、何軒か起きた引火事故ということらしいですが、火のそばで使う方がよくない気がするのは私だけでしょうか。普通のスプレー式殺虫剤だって火のそばで使ったら危険なのでは??
 しかし、この「バルサン 飛ぶ虫氷殺ジェット」がお勧めできない理由は他にあります。
 虫死なねー!
 たとえばハエに向かって吹きつける。そうすると瞬時にハエが凍るのではなく、瞬時にハエが吹き飛んでいく。あるいは簡単に逃げる。凍る暇なし。一匹も殺せないので、今では店の裏に眠っています。たまに、今度こそ、と思ってハエにあててみたりするのですが、まずガスをハエにあてること自体が容易でない。またあきらめて元の場所に戻します。
 マイナス40度っていいったら「ハウツリー ジェラート」さんのアイスを凍らす大理石の温度よりも低い。アイディアはいいんですが。ハエで実験してみたのかな?ライオンさん。

 11年前の今日。1996年8月30日。TRAVELERS' CAFE 朔の元の元となった旅も100日目。 インド デリー。
 次の国パキスタンとその次のイランのビザを取るためには、まず日本大使館へ行き「EMBASSY LETTER」というものを取得しなければならい。
 これはある国のビザを取る時に必ず必要なもの、というわけではないが、場所により提出を求められる。他の国あての紹介状みたいなものらしい。
 日本大使館でひさびさに事務的な顔をしてスーツを着込んだ日本人に出会った。大使館職員だろう。暑くねえのか?
 発行されたレターをもってパキスタン大使館へ。
 ビザ申請。その日は金曜日だったので、土日休みで月曜日にとりこいとのこと。その間パスポートをあずける。
 午後から日本文化情報センターへ。
 ここは、日本の新聞、雑誌、本などが置いてあり、インターネット普及前の当時日本人長期旅行者のオアシスだった。
 それに加えてそこでは、日本から大使館あてに届いた手紙の取り置き場所になっていた。
 事前にデリー到着のだいたいの日を知らせておいたアムステルダム在住Deb Aizawa氏(日本人)から分厚い封筒が届いていた。
 友達からの手紙を読むときが一番たのしい。
by haiderinn | 2007-08-30 09:05 | こんな毎日

イタシキバラ

a0094201_9385197.jpg 旧盆の様々な行事も終わり、スーパーには売れ残ったお供え用の果物が詰め合わせで売られていたりします。
 ところが、まだ行事はあったんですね。
 イタシキバラ。
 盆が明けたのに帰る場所がない悪霊や邪気を祓う行事だそうです。
 獅子舞やアンガマなどが見れると聞いて、こりもせずお店を閉めてから宮良という地区のイタシキバラの様子を見に行きました。
 会場は公民館前。たくさんのアンガマのファーマー(あの世からやってきた方々)の格好をした人たちが大勢集まっていました。
 おお、アンガマだ。アンガマだ。
 ところが、どこを探しても例のウシュマイとンミーはいません。
 宮良のアンガマはファーマーだけということでした。
 会場はすっかりマッタリとした雰囲気で、次から次へと流れる音楽に合わせてファーマーたちが踊りを披露していました。
 古典民謡に合わせた踊りのなかに、ちょっと変わった踊りも。
 聞いたことがあるなあ、と思った音楽は「お富さん」。
 「死んだはずだよ、オトミサンー」って。はやくお富さんにも帰ってもらわないと。
 ファーマーの格好で「お富さん」を踊る姿は、見慣れない自分たちにはちょっとおもしろいものでした。それにしても宮良の人たちは芸達者ですねえ。古典民謡の舞踊だけでなく、こんな踊りまでできるとは。
 獅子舞は、、、、、もうとっくに終わった後だったようです。それが見たかった。夕方から行われていたこのイタシキバラ。自分たちが行ったころは最後の宴のようなところだったようです。

 11年前の今日。1996年8月29日。 旅の99日目。いよいよインド デリー。到着してうれしくなった場所は久しぶりだ。
 ただし、ここで待っているべき人がいたらの話だが、、、。
 数日前バンガロールでパスポートを失くした、というので金を貸したあげたドクター。
 金を返すつもりがあるなら、今日、この駅の予約室で自分をまっているはずだ。
 予約室にいってみた。
 だが、やはり、というべきか、、、ドクターはいなかった。
 だまされた!あたりまえだが。。。。
 と、予約室を出た廊下で肩をたたく人がいた。
 ドクターだった。
 自分は思わず「ドクター!」と叫んで抱きついてしまった。
 信じてよかった。ほっとした。
 ドクターもにこにこしている。
 「グッドニュースがあるんだ」
 なんだ?
 「パスポートを盗んだすりがマドラスで捕まったんだ。だから急いでマドラスまでいかなきゃならない。飛行機で。」
 「。。。。。」
 ドクターは自分に駅前の安宿を紹介してくれた。
 「飛行機代をかしてくれ。そして、この部屋で待っていてくれ。数日したら必ずもどってくるから。」
 自分たちは、シティバンクへ行きキャッシング。飛行機代と当座のお金をさらにドクターに貸すことにした。
 この前貸したお金と合わせると、、、今となっては本当に信じがたいのだけれど、9万円近くをこの医者と名乗る得体のしれない男に貸してやった。
 ノートに証文らしきものを書いてくれて、電話番号も教えてくた。
 とにかく待つことにした。どのみちここでパキスタンとイランのビザを取ったりしながら、体調を整えたりしてしばらく過ごすつもりでいた。
 ドクターは何か買ってきてほしいものはあるか?と聞いてきたので
 「じゃあ、マンゴジュースを頼むよ」
とお願いした。しばらく待ってもドクターは戻ってこなかった。通じてなかったのか。気が変わってすぐマドラスに行くことにしたのか?
 下はそのときドクターが書いた証文のようなもの。
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by haiderinn | 2007-08-29 10:19 | 島のこんな話題

白保の獅子

 昨日は旧盆の行事「アンガマ」について触れましたが、各集落ごとにおこなわれる旧盆の行事はアンガマばかりではありません。
 昨日は店を20時に閉店させていただき、旧盆の面白い行事が行われている白保に行ってまいりました。
 白保ではアンガマはありませんが、獅子舞が行われます。何軒かのお宅で見せていただきました。
 獅子舞は内地にもありますが、内地の獅子舞とはちょっと違います。
 まず顔がかわいい。こんなです。
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 そして、体は風呂敷のようなもので覆われているのではなく、もっとフサフサ。ちょっと抱きつきたくなります。
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 獅子使いのような方に連れてこられた獅子は2頭。三線の演奏で舞い始めます。まずは獅子同志で綱引きのようなことをしたあと、ちょっと音楽が変わります。すると見学していた子供たちなどから「レールレ!レールレ!レールレ!レールレ!」とリズムに合わせた掛け声。
 掛声と同時に人差し指を突き出して手首をひねる動作をします。これは何だろう。獅子を挑発しているような感じ。
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 すると獅子が子供のほうに向かって驚かしたり、ときにはこんな風に襲い掛かります。
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 これなんか、完全に食われてます↓
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 15分ぐらいこんな風にして楽しく舞いを見せてくれたあと獅子が連れて行かれて終わり。次の家へと向かいます。
 見せてくれたお家の方々、ありがとうございました。アンガマもそうなんですが、こうした行事のときに庭などを一般の人にも開放してくれるのが八重山のすばらしいところ。あるお祭りのときには、見知らぬ方の家の中にまで上げてもらったこともあります。東京などでは今ではちょっと考えにくい気もします。

 11年前の今日。1996年8月28日。旅の98日目。デリーへの列車に乗る。途中マンマッドという駅で乗り換え。列車を待つためプラットフォームのベンチに腰かけて本を読んでいると、一人のインド人青年が興味深げにのぞきこんでいる。縦書きの文字が珍しいようだ。
 自分が日本人とわかると「日本で働きたいのだけれど、働けるだろうか」と尋ねてきた。
 「ビザがいるよ」と答えると、少し失望した様子だったが、あきらめずに
 「働きたいんだよなあ」と言ってくる。
 「ペインティングはやったことがあるけど、何の仕事でもいいんだよ」
 自分はどうこたえていいのか分からず
 「パキスタン人やイラン人なら日本にも大勢いるけれどインド人はそんなに多くないと思うよ」(今は違います)とお茶を濁すと、ようやくあきらめて話を変えてきた。
 「カメラ持ってるかい?」
 「いや、ないんだ」と答えると彼ら(いつの間にかほかに3人集まっていた)は少し驚いていたが
 「全部頭に入れとくんだ」というと大いに笑って、こんどは
 「じゃ、腕時計を見せてよ」と言ってきた。
 「それもないんだよ」と自分。今度はかなり驚いたようだった。
 「日本の時計がほしいんだよなあ」と最初に来た男
 「おれたちみんな貧乏なんだよ(WE ARE ALL POOR MEN)。 こいつも。 こいつも。 こいつも。 おれも。」
 と言ってさびしく笑い、握手を求めて去っていた。
 でもどうしようもないじゃないか。
by haiderinn | 2007-08-28 09:26 | 島のこんな話題

アンガマ

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a0094201_2285944.jpg 八重山で旧盆に行われる行事と言えばなんといってもこれです。アンガマ。あの世(グショー)からやってきたおじいちゃん(ウシュマイ)とおばあちゃん(ンミー)の二人が大勢の子供たち(ファーマー)をひきつれて島の各地で芸能を披露するもの。
 昨日は夕方1時間ほど店を閉めて、石垣市平得のレストラン「とんとん」さんで催されたアンガマを見せていただきました。
 伝統芸能というと堅苦しいものを想像しがちですが、このアンガマはとてもおもしろい。あの世からおじいちゃんとおばあちゃんがやってくる、という設定自体かなりユニークですが、その二人ともあの世の人と思えぬほど陽気なのがまた笑えます。顔も常に笑っています。そして独特の声。池澤夏樹編「オキナワなんでも事典」には水木しげるがアンガマについて解説していて(なんて適切な人選!)、この声について「死者の声はかくあらんと思われるような独特の声」と書いています。
 その声で、この世の人(つまり私たち)からのあの世についての質問に即興で答える、というやりとりがまた楽しい。
 去年ある保育所でやっているアンガマを見た時は、園児のひとりが「ウシュマイ(おじいちゃん)の頭に乗っているのは何か?」と質問したところ、(髪を丸くまとめてあるだけなのだけれど)「これはおばあちゃんが昔くれたシュウマイだ。だから私はシューマイ、ウシューマイ、ウシュマイというのじゃ」とかなりきわどく切り抜けていたりしました。
 まあ、かなり自由にやっているわけですが、これは、アンガマが石垣各地の青年団が中心になってやっているからでしょう。ほんとに驚くべきことなのですが、こんなに大きな行事なのに、別に市が組織だってやらせているわけではなく、行政の単位でもなんでもない青年団が自分たちの力でこの伝統芸能を島じゅうで盛り上げ、継承していいっているのです。
 ンミーとウシュマイも面白いのですが、ファーマーと呼ばれる子供たちも異様ななりをしています。笠を深くかぶり、顔は布を鼻の頭まで引き上げ、誰が誰だかほとんどわかりません。男性も女性も着物をきて、楽器を持つ手だけだしているので相当あついはず。あの世から来た人なので、現世の誰かとわかってしまってはいけないのでしょう。ここまでやるか、というぐらい徹底して行事を盛り上げるわけですね。
 アンガマの皆さんはほぼ一時間おきにあちこちに移動してアンガマを披露する、といことを旧盆の3日間続けるわけで、練習もかなりしているでしょうし、本番も相当たいへんなはず。すばらしいです。
 前記の水木しげるは同書のなかで、アンガマは「死者を弔い、死んだ人のことを思う行事としては世界最高のものだと思う。」と書いています。
 YouTubeで「あんがま」のビデオがありました。見れる方は見てみてください。その独特の声もわかると思います。

 11年前の今日。1996年8月27日。旅の97日目。 インド アウランガバード。本当はこの日アジャンタに行く予定だったが、昨日アジャンタ行きをやめてしまったので、荷物整理などして一日つぶしたらしい。何とつまらない。
 覚えているのは、この日、部屋で聴いていた短波ラジオのNHKの海外向け放送で東京都内の渋滞情報が流れ、急に東京の暮らしの中にもどったような感覚になったこと。
 いまだにすぐ東京の日常に戻れる回路が残っているのかも。日本を離れて3か月以上過ぎても、何年も過ごした毎日の中でしらずしらずに頭の中に食い込んでいた音が「どこでもドア」みたいに、元の場所への入口になっていた。
by haiderinn | 2007-08-27 03:00 | 島のこんな話題

エイサー!

a0094201_10272356.jpg 昨日から旧盆にはいりました。石垣ではソーロンとよばれます。沖縄各地で様々な行事があるのですが、エイサーもそのひとつ。
 エイサーは沖縄本島のいわば盆踊り。石垣には元来なかったらしいのですが、本島からの移住者を中心とした有志がサークルを作るなどしていくつかエイサーを披露してくれる団体ができたようです。
 内地の盆踊りは公園などにやぐらを立ててチョチョンガチョンの橋幸夫風音楽を流しながら、その周りを簡単な振り付けでぐるぐるまわるものですが、こちらは島内の様々な場所にエイサーチームが招かれたりして踊りを披露してまわります。つまり、日ごろ踊りの振り付けを訓練していない一般人が飛び入りで参加できるようなものではなく、あくまでも観客に見せるショー的な踊りとなっています。
 昨日の晩は、お隣の器と雑貨の店「蓮屋」さんのKちゃんに「誠組」というチームのエイサー披露スケジュール(どの場所で何時から踊るか)を教えてもらったので、23時ごろ中心部の飲み屋街 美崎町へ見に行ってみました。
 このチームは女性ばかり(中心におひと方男性がいましたが)。大太鼓を抱える人が数名。手にタンバリンみたいに持つ小太鼓をその他の人は持ち、バックに沖縄の比較的新しい民謡(新民謡)などをながしながら、太鼓を勇壮にたたきつつ踊っていいました。そもそもは盆踊りといっても、今では立派なダンスパフォーマンスで、相当練習しないとみんなで合わせてあそこまで踊ることはできないと思います。すばらしい。お疲れ様でした。
 旧盆は月曜日まで。他の行事をみることがあったらまたレポートします。
 11年前の今日。1996年8月26日。 旅の96日目。インド アウランガバード。
 アウランガバードはアジャンタとエローラの起点となる町。近いのはエローラ。路線バスででかける。エローラになにがあるのか、というと石窟である。仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の信者たちが作った石窟が34個ならんでいる。インド版の敦煌のようなところだ。岩壁を掘った空洞の中に仏像があったりする。各石窟には番号が振られていて、右端が1番。
 やはりこういうものは1番から見ていかないと。
 入ってみる。ふーん。ただの洞窟で何もない。ときどき仏像がある。
 正直、つまらない。
a0094201_2113984.jpg どんどん進む。しかし、結構な距離を歩く。たぶん次もつまらない、と思っても貧乏性で几帳面に各石窟に目を通す。ふーん、といって次。
 ようやく真ん中あたり、16番。エローラ遺跡のメイン カイラス山。
 これは、岩壁を彫ったというより、岩をくりぬいて、巨大な岩の神殿を作ったようなものだ。これならど素人の自分がみても、心動かされる。要するにわかりやすい。
 デカけりゃいいのか?
 たぶんそうだ。
 16番をしばらく見て、すっかりくたびれてしまった。後半分は面倒くさくなり見ずに帰ることにした。遺跡と言っても知識がなけりゃ楽しめない。その日の日記にも自虐的に次のようなことが書かれてあった。
 「なぜエローラを訪れたのだろう。エローラについてほとんど知識を持ち合わせていないし、元々来たかった訳でもない。来たとしてもただ訪れた、という実績を残すためだけのものなのではなかろうか。こんなに疲れて、たいした感動もしないなら行かなくてもいいではないか。アジャンタ行きはやめた」
 。。。。アジャンタ行きまでやめてしまった。そんなにかたくなにならなくても。。。
by haiderinn | 2007-08-26 10:44 | こんな毎日

ミンガラーバ

a0094201_10142627.jpg 友達のミャンマー土産です。タマリンドのフレーク。自分たちも以前ミャンマーで食べたことがありましたが、案外おいしい。ちょうどブドウのような甘みと酸味があります。 タマリンドの実をドライフルーツにしたようなものです。
 タマリンドは東南アジアで酸味づけの食材としてよくつかわれるようです。特にフィリピン料理なんかによくつかわれているらしいです。また、インドの酸っぱいカレーにもこのタマリンドを使うことがあるということですが、朔のカレーでは使っていません。
 ミャンマーもタマリンドが日常にある国のようです。このタマリンドフレークの他にもタマリンドジュースはたびたび飲みました。これもグレープジュースのような味。
 田舎に行くとミャンマー人が集まって棍棒のようなもので何かをたたいている姿を見かけましたが、タマリンドの実をさやから出す作業のようでした。
 タマリンドについて書かれたサイトに「石垣島で結実する」ということが書いてありましたが、どうなんでしょうか?熱帯の入口みたいなところなので、もしかしたらあるのかもしれません。
 11年前の今日。1996年8月25日。旅の95日目。ようやくアジャンタ、エローラへの起点となるアウランガバードへ到着。8月22日にコーチンを出発して以来3泊は鉄道で過ごしたわけだ。今となってはよく覚えていないが、シャワーはおそらく乗り換え駅で寝台利者用の待合室にあるシャワー室をつかったものと思われる。でないと臭すぎる。
 日記によると、突如食欲がわいてきたらしく、その日は食堂でトマトオムレツを食べた後、市場でトマト2つとバナナ1房買ってホテルで食べたそうだ。カレーを食え、カレーを!
by haiderinn | 2007-08-25 10:37 | こんないただきもの

今週の週替わりメニュー

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 金曜日から水曜日までの朔の週替わりメニューのご紹介。
 今週のカレーは「キーマカレー」です。ご存知の方の多いこのカレー。朔ではお肉は鶏肉を使っております。しっかり炒めた玉ねぎを使ってうまみ凝縮。グリーンピースがおいやな方はおっしゃっていただければなしで作りますよ。辛さは中から程度。
 今週のサラダは「ツナポテトサラダ」。なめらかなポテトサラダです。ツナはよくある組み合わせかもしれませんが、今回はアクセントとして、そのほかに大葉を入れています。
 今週のデザートは「ジンジャーゼリー マンゴソース」。生姜、レモン、蜂蜜をつかったヘルシーデザートです。ピリッとしたゼリーにマンゴソースの組み合わせは相性がいいです。ゼリーにはバジルシードが入っていますので、プチプチした食感も楽しめますよ。
 以上、今週もよろしくお願いいたします。
 11年前の今日。1996年8月24日。旅の94日目。バンガロールから移動してハイダラバードに到着した。ここでも宿に泊まらずに、今日の夜行でアウランガバードまで行ってしまう。昨日金を貸したパプアニューギニア人ドクターからもらった水溶性の薬のおかげか、腹の具合が大分いい。夕方腹がすいて駅前で揚げパンを食べる。
 ところが、その日の夜行列車の中で、数日前に味わった腹痛が襲ってきた。一回だけのものかと思っていただけに不安になった。何かの病気だろうか。
by haiderinn | 2007-08-24 02:40 | こんなメニュー

お店訪問 K-houseさん

a0094201_041556.jpg 何とか8月23日中に更新しようと思ったのですが、ぎりぎり間に合わず。これは8月23日分と思って読んでください。
 今日は、お昼ごはんに家の近所のK-houseさんにでかけてきました。
 K-houseさん。夜のバーがメインのお店ですけれどお昼もやっているんです。12時からランチ営業中です。今日のランチメニューは3種類。「キーマカレー」と「納豆そぼろご飯」、それに「冷製パスタ 冬瓜のポタージュ」。
 私はやはりキーマカレーにひかれたのですが、たまにはカレー以外のものも食べてみようと思い、「納豆そぼろご飯」をいただきました。おいしい。十分量もあったし、これにサラダ、ドリンク、さらにデザートまでついちゃって700円。安い!
 しかし、今日お伝えしたいのは、料理長が食べた「冷製パスタ 冬瓜のポタージュ」(写真)。
 これが絶品なのでした。
 冬瓜をポタージュにしてパスタにからめるとは。。。そのアイディアもさることながら、味がたまりません!コクがあってクリーミー、塩加減もちょうどいい。パスタにたっぷりのポタージュが絡まっているのに、元が冬瓜だからか全然くどくありません。そのくせ冬瓜っぽい感じが全然しない。クリーミーなのでチーズを入れているのかと思いきや、チーズは全然使っていないとのこと。その辺が、あっさりぺろっと食べられる秘密のようです。料理長は皿までなめる勢いで食べつくしていました。
 これは超おすすめ。知らない方のためにK-houseさんの場所を説明すると、観光地の「宮良殿内(みやらどんち)」の前を西に通り過ぎた次の四つ角にありますよ。

 11年前の今日。1996年8月23日 旅の93日目。出発してから3か月が経過。インドのバンガロールに到着。そのまま次の夜行列車に乗ってハイダラバードを目指す。遺跡などの見どころもあったが、体調がよくないせいか見る気になれない。次の目的地のアジャンタ、エローラに早く着きたかった。
 駅前で一瞬日本人のおっさんかと思わせるような風貌の男を見掛けた。しばらくするとその男から声をかけてきた。パプアニューギニア出身で現在はWHOからから派遣されてパキスタンのカラチで働く医者だと名乗った。パプアニューギニアの人には初めて出会った。
 男の話を聞くと、昨日パスポートとトラベラーズチェックを盗まれたという。トラベラーズチェックを再発行したくともまずデリーでパスポートの再発行をしてからでないと不可能だという。しかしデリーに行く金すらない、と言って警察が発行した被害証明を見せてくれた。どうやら金を貸してほしいらしい。しかし、本当かどうか怪しいし、面倒くさいからかかわりたくない、と思っていると案の定、金を貸してくれと言ってきた。
 断りたかった。けれどあまりの真剣さに断りきれなかった。トーマスクックへ行ってトラベラーズチェックを現金に替えて貸してあげた。
 彼は喜んでチケットを買いに行った。そのとき自分の分のデリーまでのチケットも取ってきてくれた。自分はアジャンタ、エローラに寄ってからデリーに行くため、まずハイダラバードまで。そこで乗り換えてアウランガバード(アジャンタ、エローラの近くの町)まで。そしてアジャンタ、エローラを見物してから数日後にデリーまでという、3列車分のチケットを彼が予約してきてくれた。列車の予約は一仕事なのでしんどい今の自分にはこれは助かった。
 おまけに自分の現在の症状を話すと、薬のようなものも買ってきてくれた。水に溶かして飲む炭酸の粉のようなものだった。
 ところが、、、今度はデリーまで飛行機のチケットが必要だといいだした。鉄道では、デリーまで2泊の行程だった。その日は金曜日だったから到着するのは日曜日になる。しかしパプアニューギニア大使館は次の日、月、火とお休みのためなんとしても今日、明日中にデリーに到着しなければならないらしい。
 うそくさい。しかし、今となっては急に断ることもできなくなり、さらにお金を貸してあげることにした。合計でうそのようだが355ドル(4万円弱)を貸したことになる。
 彼は自分のデリー行きのチケットを買ったので、自分がデリーに8月29日に到着することを知っている。それで、金を返してもらうために再会するのを29日のデリー駅の切符予約室ということに決めた。
 信じていいのだろうか。彼はデリー駅に現れるのか。その日の日記には、「まあ大丈夫だろう」と書いてある。
by haiderinn | 2007-08-24 00:02 | こんな人たち

サマー? スペシャル 第4段

a0094201_957810.jpg 「今年は異様に暑いよね」と7月にはよく言っていたものですが、8月に入り曇りで風のある日が続いています。これまで自分が住んで思うのは、八重山は同じ天気がずっと続くなあ、ということ。今回も暑い日々を忘れるほどで、夜も比較的寝易いです。
 内地のニュースを聞くたびに沖縄が全国で一番涼しいのでは?と感じます。
 そんな中、サマースペシャル第4段!今頃かよー!
 しかも、氷ものです。いわばベトナムかき氷。
 「チェー・タップカム」と申します。五目のチェーです。
 チェーは、朔ではすでに「チェー・チュオイ」というバナナをつかったチェーを出していますが、ベトナムのデザートです。コップにいろんなトッピングを入れて混ぜて食べる庶民のおやつ。学校帰りの子供などが食べている姿をベトナムではよく見かけました。
 五目のチェーですが、朔の「チェー・タップカム」にはトッピングは6種類。
 緑豆あん、マンゴ、フレッシュミントゼリー、バジルシード、杏のシロップ漬け、タピオカです。
 ここにたっぷりの甘い香りのココナツミルクをかけ、最後にかき氷を乗せます。
 かき氷だけれど、氷が多いわけではないのでそんなに暑くなくても食べられると思いますよ。
 スプーンでよく混ぜながらどうぞ。
 お値段550円。

 11年前の今日。1996年の8月22日。 旅の92日目。インド。体調はまだ万全でないもののコーチンからバンガロールへ移動することに。
 やたらと屁がでてたまらん、と思っていたところで、胃のあたりに激痛が走った。胃だけでなく背中のろっ骨の下あたりも同じ痛みを感じ息がつまるようになる。列車の寝台に横になると更に痛む。かなりやばい、と思い、当てにはならんとは思いつつも車掌に助けを求めた。車掌はとりあえずわかったようなことを言ったが、いつまでたっても誰も来ない。あたりまえか。。。
 汗が滴り落ちるがもう寝る時間で誰にも頼れない。胃がねじれるように痛む。
 10分ほど痛みと格闘してようやく痛みが去った。再び横になると一気に睡魔に襲われた。
 いったい何だったんだろう。まともなものをあまり食べていなかったので胃が反乱をおこしたのかもしれない。
 よく長旅をすると危険な目に合わなかったか、と質問されるが、危険な目にはあわなかったが、貧乏旅行するとしんどい目にはよくあう。
 こんなときが一番しんどい。
by haiderinn | 2007-08-22 10:15 | こんなメニュー