「ほっ」と。キャンペーン

<   2007年 07月 ( 31 )   > この月の画像一覧

豊年祭

a0094201_250516.jpg 以前にも少し書きましたが、毎年この時期になると石垣島の各地で今年の収穫を祝い、来年の五穀豊穣を祈る「豊年祭」というお祭りが開かれます。
 石垣市中心部で行われた豊年祭は見逃してしまいましたが、昨夜、中心部から車で20分ほどの白保地区の豊年祭を見ることができました。
 このブログにもたびたびコメントを載せてくれているばがなつさんたち、それから朔の並びに今月オープンした「蓮屋」さんのKちゃんと一緒に、お店もすばやく片付けた22時過ぎ出発。
 満月に近い月がきれいでした。一緒にいったジモティーのHさんによると豊年祭は陰暦に合わせてやるから毎年満月だよ、とのこと。そうだったのか。
 到着したのは「真謝嶽(マジャンオン)」という御嶽(うたき=沖縄で神様が下ってくる聖地)。すると、ちょっと時間が遅すぎたのか、豊年祭の締めに行われるマキ踊りという踊りの最中でした。完全にマイクの音が割れまくるほどの大音量もお構いなしに歌われる唄に合わせて、その御嶽の氏子たちが丸く輪になって踊ります。
 内地の盆踊りとは全く様子が違います。盆踊りがチョチョンガチョンであくまでサラリサラリと橋幸夫風に踊る場なのに対してマキ踊りは、ジャンジャン ズンズンと力強い鐘と太鼓の音にあわせ、人と人との距離も近く、しまいにはなぜか胴上げも始まるような熱く盛り上がる場なのでした。楽しそうだ。とくにお年寄りと女性が。
a0094201_251998.jpg 真謝嶽のマキ踊りが終わってしまったので、今度は別の御嶽へ。そこではまだ少し芸を披露しているところなど見れました。ここは去年も見た場所なのですが、林に囲まれた御嶽の中の舞台で踊り歌う人たちの雰囲気がとてもいい。
 地元の高校生ぐらいの女の子が民謡に合わせて踊っているのを楽しそうにお年寄りが見る。自分の地元にはこんなお祭りはなかったなあ。しいて言えば小学校の運動会か。でも、それとも全然違う。踊っているほうも見ているほうも祭りの主役という感じ。
 豊年祭、今年も見れてよかった。

 さて、後半はTRAVELERS' CAFE 朔の元の元となった11年前のわたくしのユーラシア大陸横断の様子を同日の日記とメモ帳、記憶をもとに書いています。
 本日で旅の70日目をむかえました。一週間以上滞在したインドのバラナシから一路東へ。
 次の目的地はブッダガヤ。バラナシカント駅で日本人と思われる男性発見。笑顔で挨拶。ところが、彼が手にしていたものは、韓国語版の「地球の歩き方」。表紙の作りがそっくりだが、翻訳本なのか、パチもんなのかは不明。あらためて「アンニョンハセヨ」。
 後は、お互いへたくそな英語で会話。目的地は同じガヤ(ブッダガヤとガヤは別の場所で、鉄道の駅があるのはガヤ。ブッダガヤへはそこからバス)。
 座席は指定なのでいったん別れる。寝台列車ではあったが、ガヤへの到着は夜の11時30分なので寝るわけにはいかない。インドの列車内では盗難が多い、と聞いていたので、自分の荷物をぐっと手元に引き寄せて座った。すると隣にいたインド人が小馬鹿にしたように鼻で笑った。「いろいろ持っているから盗られる心配をするのだ。」とでもいいたげな感じだった。
 到着。バラナシまで一緒だったK田さんが「ガヤには悪いインド人が多いから気をつけて」とアドバイスをくれたので気を引き締めた。
 韓国人の彼を探したがどうしても見つからなかった。残念。
 仕方がないので駅近くの宿にその日はひとりで泊まることにした。ブッダガヤへの移動は明日。
by haiderinn | 2007-07-31 03:04 | 島のこんな話題

なんでかねえ?

a0094201_2533739.jpg このところ、店の開店前の時間にラジオをつけると、お馴染み「夏休み 子供電話相談」をやっています。「海の水はどうして川の水より塩辛いの?」とか「地球はどうやってできたの?」とか全く素朴でかつ優しく答えるのが難しい質問をしてきます。この前は石垣島の少年から「どうしてホタルは決まった時間にしか光らないの?」という質問もありました。まったくねえ。おじさんも不思議におもってたんだよお。なんでかねえ?大人が抱く疑問のほうがよっぽどくだらないねえ。
 「アメリカザリガニはどうして日本にいるのにアメリカザリガニとうい名前がついているの?」という質問もありました。よく聞こえなかったけれど、昔田圃のなかの害虫の天敵としてアメリカから連れてこられたのが繁殖したのだとか。
 朔の本棚で異色を放っているのがこの「世界のザリガニ 飼育図鑑」。お客さんでも結構眺めている人が多いようですね。
 なんでこんな本があるか、というと、数年前まで家でザリガニを飼っていたからなのです。甥っ子が地元の沼で釣り上げたザリガニが子供を産んだので、プレゼントにもらったものでした。
 5mmぐらいの小さくて白いときから育てて、最初は自分と同じぐらいの大きさのザリガニの餌を抱えて食べていたのが、少しずつ大きくなり脱皮を重ね、いつしか赤く立派に色づいて10cmぐらいになるのを見ていて、それはとてもとてもかわいいやつに思えてしまいました。名前は「ザリオ」。
 餌をくれーくれーとこちらにVサインを送ってくるピースなやつ。ザリガニは可愛いんです。ペット売り場にいくとたまに青いザリガニなんかも売っているんです。ザリガニの仲間は実はたくさんいます。そんないろんなザリガニがこの「世界のザリガニ 飼育図鑑」に紹介されているので、よければ眺めてみてください。

 11年前の今日。旅の69日目。インドのバラナシ滞在は8日目に。
 発熱や下痢でよっぽどしんどかったのか日記にの冒頭にはこんな情けないことが、、、
 「日本が恋しくなった。会社をやめるべきではなかったのではないかとも思ったりする。。。」
 たはは。一生一度みたいなことをしていながら楽しんでいないなんてなんともったいない!、と今の私。
 そんな、とほほ、の状況の中、しんどい時はちょっとズルして日本の飯。とばかりに、カトマンズで味をしめた日本食をまたここでも味わってしまおう、とバラナシの日本食レストランにでかけた。
 店の名は「ガンガー富士」。ガンガー(=ガンジス川)と富士がどんな神秘の合体技を見せるのか、清濁併せのむこの宗教の町では、そんなプロレスラーの名前かとも思わせる無茶苦茶な名前がまかり通っていた。
 川に沿って長細く伸びる街を迷路のように通る小道を抜けてようやくみつけた「ガンガー富士」。中に入ると穴倉のような、11年後の曖昧な記憶のなかではうっかり雰囲気のよい店として再現してしまいそうな、暗い店内だった。
 確か親子丼を注文した。出てきたのは、鶏肉と卵は乗っているが、飯はインドのコメでインド米の香りが臭さにしか思えないような異様な組み合わせの悪さ。味も細かくは覚えていないが、とにーかくマッズかった。「ガンガー」と「富士」という組み合わせの悪さをそのまま料理にしたような、ある意味看板に偽りなしみたいな、そんなところで二度と行かなかった。
 あの店がいまだに存在しているとしたら、飲食店を営んでいる者のはしくれとして考えを改める必要があるかもしれない。
by haiderinn | 2007-07-30 02:56 | こんな朔

投票にいきませう

a0094201_158244.jpg 本日7月29日は参議院議員通常選挙の投票日ですな。せっかくの選挙権。もったいないから行きましょうね。選挙。
 さて、数週間前、料理長の昔のバイト先での友達が東京からわざわざ石垣のわが店まで足を運んでくれました。彼は「週刊金曜日」という雑誌の記者。その縁で朔にも「週刊金曜日」を置くことになりました。といっても、石垣に届くのはたいてい土曜日。昨日も新しいのが届きました。まあ、堅い雑誌です。「美しい国」とかいう安っぽいスローガンでももって憲法変えていこうとする勢力に反対!という人が読むといい雑誌かもしれません。
 入口入ったところのチラシを置く台においてありますのでご自由にご覧ください。

 11年前の今日。旅の68日目。インド バラナシ 7日目。
 下痢もおさまってきたが食欲があまりわかず、バナナで多少力をつけて駅へ。
 次の町へのチケットを購入。西へ西へ進んできた旅だが、ここへ来て初めて東へ向かう道を選択した。次の目的地はブッダガヤ。
 体力が落ちていたので、どんどん西へ進んでしまいたい弱気な気持ちもあったけれども、まだ好奇心は衰えていない。その前にインド東部と南部を回ることにした。
 バラナシはヒンドゥー教の聖地でヒンドゥー教徒は死ぬと亡骸をガンジス川に流すことを願い、最後の日々をこのバラナシで死を待ちながら暮らす人たちもいる、というようなことは本やテレビの知識として知ってはいた。宗教を意識することが少ない社会で暮らす自分にとっては、やはり特殊な町だ。
 できれば、どっぷりと、生きるとは、死ぬとは、などという重要なテーマについてガンガーを眺めながら考えたいものだ。そんな高尚なことができなくても、信仰の町の雰囲気だけでもゆっくり味わってみたいものだ。
 しかし、、、、させてくれない。静かに死を待つ人を迎える町のインド人たちは、街角で「リョーガエ?ハシシ?ジキジキ(=売春)?」と全く欲望直球ど真ん中の誘いをかけてくる。
 ヒンドゥー教の修行者サドゥーかと思っていたインド人が、頼んでもいないのに人の顔に無理やり顔料でビンディー(インド人のおでこについている赤い点)を描き、代金をせびる。
 死んで川に流される前の火葬の現場で物思いにふけろうとおもっていても、いつの間にか勝手にガイドを始めて料金を取ろうとするインド人がいる。
 川沿いを歩くと握手を求めてくるフレンドリーなインド人かと思いきや、手を握ると次の瞬間には有無を言わせず腕のマッサージを始めて、気づくとパラソルの下に横たわらされて全身マッサージにもちこまれている。
 「マスター、ハッピーか? もしハッピーならプレゼントをくれ」と、全身をマッサージされてハッピーと言わざるを得ない状況になっている。
 そして子供たち。絵ハガキ売りの子供たちがたくさんいる。子供だけに難しい。ちょっと笑顔を見せたり相手になったりすると、ますます断りにくくなる。そしてたくさん集まってくる。
 あんまりたくさんあつまってしつこく離れないので、つい「チャロ(あっち行け)!」と言ってしまった。すると、その中の一人の子供に「ユー チャロ(お前があっち行け)。ここは僕の町だ!」と言われてしまった。全くその通りでございます。はい、反省しております。11年たってもわすれられません。
 しかし、自分はちょっとだけ静かに川を眺めていたいだけなんだよ!
by haiderinn | 2007-07-29 02:51 | こんな朔

巨大カイ?

a0094201_10242315.jpga0094201_1028205.jpg 以前、巨大貝発見か?という話を書きました。お客さんから聞いて探しに行って見つけたものは、巨大貝にもみえるけれど、ちょっと微妙という話だったのですが、今月号の地元情報誌「やいま」の40ぺージをみてびっくり。その巨大貝と思われたものそっくりの写真が載っていました。
 「谷崎樹生の歩いて見つけたこんなこと」というコーナーです。それによると、これはハマサンゴの塊がひっくりかえったもの、ということ。雑誌のものは2mあまりのハマサンゴというものですが、自分が見つけたのも、ほぼそのぐらいの大きさ。100年以上もかかって成長したものだそうです。そのコーナーでは、今から2000年ほど前に起きた「八重山大津波」でうちあがったものではないか、と推測しています。
 なるほどお。確かに貝と見るには不自然だもんなあ。もしも貝だったらすごい化石だったかもしれないけれど、やはり自分がみつけたものもサンゴかな、と思います。

 11年前の今日。旅の67日目。バラナシ 6日目。熱は治まったもののあいかわらず下痢の症状は続く。風邪ではなくて食中毒だったのかも。
 さんざん世話になったK田さんがバラナシをあとにする。同宿のJさんと共にバラナシカント駅まで見送りにでかけた。
 インドの鉄道は定刻に到着しない場合も多く、K田さんは到着した列車が自分ののるべきものかどうか確認するのに手間取っていた。でも多分これだろう、というものに乗車。出発。
 その後K田さんは無事帰国したので、あの列車で間違いなかったようだ。今ではちょっと音楽おたくなパパとなり(旅行中も音楽を手放さなかった)、なぜかフルマラソンにはまって(なぜか3時間2分という速さ)健康的な生活を送っている。
by haiderinn | 2007-07-28 10:39 | こんな毎日

今週の週替わりメニュー

まず、告知です。本日7月27日(金)の営業は午後3時までとなります。申し訳ありません。ご了承ください。

a0094201_062893.jpga0094201_2314995.jpga0094201_2321083.jpg
 木曜日から水曜日までの朔の週替わりメニューのご紹介。
 今週のカレーは「タイ・グリーンカレー」です。最近よく「グリーンカレーありますか?」と尋ねられることがあるのですが、ようやく登場です。お待たせしました。
 海老入りの辛口ココナツミルクカレー。辛めが好きな方にはお勧めです。具は他にナス、タケノコ、シメジ。今週を逃すとまたしばらく回ってこないですよお。お早めに。
 今週のサラダは「きゅうりとミニトマトのサラダ」。ゴロゴロしたキュウリの歯ごたえがよいサラダです。ドレッシングはフレンチ。
 今週のデザートは「パナリ産シークワサーのパンナコッタ」。パナリ産の無農薬シークワサーを使い、さわやかな香りとなめらかな口どけのパンナコッタです。
 内地の方のために説明いたしますと、パナリとは石垣島から船で約30分の新城島(あらぐすく)の通称です。上地島と下地島との二つに離れていることから地元の言葉で離れていることを意味する「パナリ」といいます。人口は10人ほどで定期航路はありません。外部の人が行くためには観光ツアーを利用することになります。
 今回は友人から新城島でなっていたシークワサーをいただいたのでそれを使わせていただきました。

 11年前の今日。旅の66日目。バラナシ 5日目。汗をかいたまま扇風機にあたっていたのが悪かったのか、発熱。かなりの高熱となり動けなくなった。そんな自分をみかねてK田さんが薬を買ってきてくれた。海外で発した病気は地元の薬が一番よくきく、という。日本から正露丸などもっていっても効かないなどという話はよく耳にする。
 熱と下痢でふらふらになったが、K田さんの薬が次第に効いてきて、熱は下がっていった。
 しかし、外に出る気にならない。
 話は変わるがインドは、いろいろな動物がヒンドゥー教信仰に基づいて大切にされている。有名なところでは牛が聖なる動物。シバ神の乗り物が牛のナンディンなので牛が崇められている。
 それから象。これは、シバ神の息子ガネーシャが象の首を持っているため。
 そして、猿。猿はヒンドゥー教の聖典「ラーマヤナ」に登場する猿族のハヌマンに由来して信仰の対象になっているらしい。
 牛が道端にいるというイメージはインドを語るときによくもちだされるけれど、それはこのバラナシでは完全にあたっている。そこらじゅうに牛がいる。しかし、猿もまた町にたくさんいる、ということは案外知られていない。
 ホテルの屋上からバラナシの町を見ていると、ある時間になると猿の群れが次々と屋根をつたって移動を始める。なんのために移動するのかはよくわからないけれど、そんな風に野生の猿を観察できるのは楽しかった。
 話を元に戻す。自分は高熱を発して部屋にぶっ倒れていた。部屋はクーラーなどはもちろんない。しかし「リアル ビシュヌ ゲストハウス」よりずっとましなことに窓を開けることはできた。
 だるくて外に出る気もおきない。部屋にある食糧はバナナのみ。腹が減ったらそれを食うか。
 天井のファンが回るだけの静かで暑い部屋。突然、窓からガタっという音がして驚いた。
 サルの黒い姿がひょいっと屋上のほうにのぼって消えていくところだった。
 全く一瞬のことだった。そしてなけなしのバナナが消えていた。
 夜になり、何度もトイレに起きなければならなかったので、部屋のドアが半開きになっていた(トイレは部屋の外)。朦朧として横たわりながらドアから差し込む月明かりのほうをぼんやりがなめていると、音もなく小さな動物が入ってきて、音もなく出て行った。猫だった。
by haiderinn | 2007-07-27 01:26 | こんなメニュー

おいしいお店見つけた

 石垣に来て1年半以上になりますが、まだまだ知らないお店はたくさんあります。最近は、新しいお店が割合多くできるので、ついついそういったお店に行きがちですが、実は昔からあるお店で美味しいところを見逃していたりするわけです。
 今日の夕食で行った美崎町のラーメン屋「大門」。朔のお客さんがおいしいお店だ、とおしえてくれました。何度も前を通っているのですが、一度も入ったことがなかった。台風のせいか、看板が半分取れてしまっています。
 メニューは昔ながらのラーメン屋メニュー。二人で味噌ラーメン、五目ラーメン、餃子、ビールなどを頼みました。いやあ、正しいラーメン。これぞラーメンという味。おいしい。背あぶらやらトロ肉やらアブラーメンやら、いろいろ工夫した新しいラーメンが世の中にはありますが、最終的にはこの味に戻るかも。餃子も大門のこの餃子が好きです。皮が薄いのとかでなく、普通の正しい餃子。それをおいしく作ってくれれば満足。ちょっとおじさんぽい意見ですかね。
 もう一軒、先日友達が連れて行ってくれた大浜のケーキ屋「ニッコー製菓」さん。
 ケーキ屋さんですが、店内で食べることもできます。そして、ここの「ぜんざい」がおいしい。沖縄の「ぜんざい」は内地のものとは少しちがいます。甘く煮た豆と白玉は同じですが、普通かき氷がかかっています。
 朔のメニューにある「チェー・チュオイ」はベトナムぜんざい、という説明書きをつけています。すると、氷がかかっているの?と聞かれることがありますが、チェー・チュオイは氷なしのデザート。
 「ニッコー製菓」さんのぜんざいは、豆の甘さ具合と白玉のモチモチ具合がとてもいい。最後までおいしく食べれますよ。今度はケーキも食べてみたい。

 11年前の今日。旅の65日目。インド、バラナシの4日目。昨日であった大学休学中のAさんとともに、夜明けのガンガー沐浴を見に行く。ヒンズー教の聖地バラナシでは、聖なる川ガンジス川で沐浴するヒンズー教徒がたくさんいる、というイメージがある。金属の器などを両手で捧げて、朝日に祈りながらサリーなんかを着たままガンジス川の水を浴びる、なんていう姿がテレビやらなにかからいつの間にか自分のイメージとして刷り込まれている。
 約束の時間は早朝4時半。早すぎ!暗くてよく見えない。
 でも、だんだんと人が集まってきて沐浴をはじめた。
 ぼんやりとおばさんの沐浴姿を眺めていると、「女性の沐浴姿を見てはいけない」とやんわり注意をうけた。
 だんだん明るくなってきてますます沐浴の人たちが増えてくる。しかし、人が集まるところはインドでも商売が盛んである。チャイ屋とか、ガンジス川をボートで案内するというガイドがわんさか出てきた。よく見るとボートがずらりと並んでいて、沐浴をする場所がずいぶん狭くなっているところもある。興ざめだが、それは観光客の勝手というもの。見にくるやつがいるからボートもでる。
 僕たちもさんざんボートに乗れと言われて結局乗ることにした。
 太陽が昇り始めた。最初は地平線の雲にさえぎられていた光だが、不意に差し込んできてガート(河川敷)を照らしだした。
 金属の器を捧げ持つ典型的なイメージの沐浴姿はついぞ見かけなかった。それどころか、日が昇るにつれ微妙に単なる水浴び的なゆるーい雰囲気がでてきた。聖なるものを見に来たつもりなのに、ずいぶん俗っぽいものに埋められた様子ばかりを目にしたようだ。
 ガンガーの水は遠めで見るよりも荒く、早かった。現実は想像とは違うなあ。
by haiderinn | 2007-07-26 23:56 | 島のこんな話題

ヒンズー教の神様

a0094201_9504660.jpg 店の奥の棚に飾ってある置き物。以前は家の玄関に置いてありました。友達の子供はこれが怖くてはいってこれなかった。
 インドの神様人形です。今では雑貨屋さんなどでよくみかけますが、店に置いてあるのはインドのバラナシで購入したもの。
 インドのヒンズー教の神様はユニークなキャラが多いのですが、それらがポスターとなってよく道端で売られており、その扱いはちょっとしたアイドルのようにも見えます。なかでもビシュヌと呼ばれる神様は人気があるということです。このビシュヌの絵を見ると、まあ優しげな顔立ちをしていますが、なにせ肌が青いというのが自分にとってはちょっと不気味。以前、サンフランシスコで深夜チェックインしたインド人が経営する宿で、廊下にビシュヌの絵が貼ってあり、真っ暗な中で突然青い顔が姿を表したのはちょっと怖かった。
 しかし、顔が濃いですな。やはりインド人のような顔にどうしてもなるのでしょう。シーサーが沖縄の人の顔に似ているのと同じかもしれません。
 神話によるとこのビシュヌはいくつもの化身をもっており、実はブッダもビシュヌの化身だった、という話。インドで仏教が流行ったので、仏教徒をヒンズー教徒に取り込むために無理やりつくった話らしいです。仏教もインドでは新興宗教だったのでしょうね、大昔は。

 11年前の今日。旅の64日目。バラナシの3日目。再び宿替え。K田さんが泊っている宿へ。複雑に入り組んだ道をいったんガンガー(ガンジス川)のほとりに出たりしながら進み到着。宿の看板などないのでなんという宿かわからないが、宿主の人柄はよさそうだった。
 屋上に出てみる。ガンガーがすぐ近くに一望できる。とてもいい宿だな。自分はその屋上が気に入って昼も夜も登ってはガンガーを眺めた。
 その日の夜、屋上にのぼると同じ宿の日本人Jさんが先にいて日本語勉強中のインド人ラフーさんを紹介してくれた。ラフーさんは本当に日本語が達者で、かつ日本人が好き、というような人だった。あまりに好きすぎて、たとえば今出会ったばかりの僕がけがをしたら、ラフーさんは自分の血を分けてもいいよ、ぐらいに言っていた。
 血液型もわかんないし、ちょっと迷惑な話だが、それぐらい日本人好きということなのだろう。
 しかし、熱い、というか暑苦しいぐらいの大げさな表現だなあ。インドでは普通なのか。
 暗い空にはどデカイ積乱雲の内側で稲妻が輝く。ガンガーからの風が吹き抜けて暑苦しさから解放される。とても気分がよくてずっと眺めていた。
by haiderinn | 2007-07-25 10:40 | こんな朔

ハウス マーボー豆腐だよー

a0094201_8592715.jpg 昨日食べた昼のまかない飯。豆腐があったが時間がなかったので、近所の「かねひで」でマーボー豆腐の素を購入して、てっとり早く食べました。
 「ハウス 麻婆豆腐の素 甘口 広東風」。一見何の変哲もない麻婆豆腐の素。しかーし、左上に高らかと「沖縄限定」の文字。そして、ハイビスカスと思われる花模様に右上には花笠。
 いったいなぜオキナワ限定なんだろう。何か普通の麻婆豆腐と違うのか?
 実際に食べてみた。
 全く普通だ。うっちん風味とかするわけではない。箱のうらをみても、ゴーヤを入れるとかいう沖縄アレンジのレシピが載っているわけでもない。
 つまり「沖縄限定」と書いてある以外、沖縄限定な部分は全くない。鳥取限定でも静岡限定でもいい中身なのだけれど。。。どういうことなの、ハウスさん。
 ということで、ハウスのWEBサイトへ。すると、沖縄限定ではない「ハウス 麻婆豆腐の素 甘口 広東風」もあった。しかし、パッケージの「沖縄限定」という文字と絵のデザイン以外、全く同じ。商品特徴も同じ「豆腐を加えて煮立てるだけで、手軽にお肉たっぷりの麻婆豆腐が楽しめます。廣東料理に生きているオイスターソースを使った新しい味わいです」。
 なんだろう?観光客のお土産狙い??貰った人は普通の麻婆豆腐食わされて嬉しいのか?なんとなくハウス食品という会社のこすい体質が見え隠れ。ま、普通においしくいただきましたけど。
 そうそう、昨日料理長と話していたハウスつながりのバカ話。西条秀樹が60歳になったとき、スポーツ新聞の見出しは絶対「ヒデキ、還暦!」だよね。

 11年前の今日。旅の63日目。インド バラナシ。
 ホテル変更。サイクルリキシャ(自転車のようにこいで運転するリキシャ)をつかまえて、「ビシュヌ ゲスト ハウス」へ。あんまり通じていないような感じでちょっと不安だったが、なんとか出発。
 しかし、遠い。いくら自転車とはいえ30分ほどかかるのは遠すぎないか。昨日ガンガーのほうまで散歩がてら歩こうとしてたどり着けなかったが、川とホテルは全く離れた場所にあったわけだ。完全に昨日のオートリキシャにはしてやられた。
 ここだ。と言って止まったのは全くホテルの前ではなかったが、「ここから先はリキシャは入れない」といって他のリキシャがたくさん集まっている交差点で降ろされた。それもいまいち信用できなかったが、まあ仕方ない。ビシュヌ ゲストハウスを目指す。
 ちょっと歩くとガキどもがよってきた。
 「ジャパン?トーキョー?オーサカ?」
 うるせえな。しかしビシュヌ ゲストハウスの場所がわからないので、聞いてみる。すると、ガキどもは案内する、といって先を歩き始めた。
 大通りから細い道へ。迷路のような裏道だ。どこを通ってきたのか戻れないような複雑な道で不安になりかけたころ、ここだ、と案内された。
 確かに「ビシュヌ ゲストハウス」と書いてある。しかしちょっと違う。そのホテルは「リアル ビシュヌ ゲストハウス」だった。
 「リアル」かよ。有名な「ビシュヌ ゲストハウス」のパチもんに違いない。
 しかし、ちょっとおもしろかったのと、値段が45ルピー(135円)と安かったのと、重い荷物を背負って迷路のような道を引き返すのは面倒だったのとで、とりあえずその宿に泊まることにした。
 ガンガーが見えるか?とホテルのおやじに聞くと、屋上からよく見える、という。
 屋上に上って見る。たくさんの屋根の向こうに少しだけガンガーが見えた。
 インド人の話は半分以下で聴かねばならない。
 部屋はひどかった。3畳ぐらいのスペースに無理やり区切られた個室で窓はなし。かろうじて扇風機がある。
 荷物を置いて、それこそ「リアル」の「ビシュヌ ゲストハウス」を探そう。
 迷路のような道を、また戻ってこれるように曲がり角を覚えながら歩くと
 「あれ!」とよく知った顔と出会った。カトマンズまで一緒だったK田さんだ。
 二人で昼飯。インド人の大衆食堂。K田さんは、インド2回目ということで慣れている。そこで、はじめて「マサラドーサ」というものを注文した。
 テーブルの上にはなにか洗剤の粉のようなものが撒いてある。
 見ていると、よってきたハエがテーブルの上で次々にバタバタと死んでいった。
 撒いてあったのは超強力な殺虫剤だった。人体にも危険じゃないのか?食堂で使っていいのかよ。
 粉とハエをよけて、出された皿を置く。マサラドーサはカレーをパリッとした薄皮で包んだようなものだった。ちょっと酸っぱいが割合うまい。そして10ルピー(20円)ほどで食べれる。安い。
 K田さんに、事の次第を話すと笑われて、K田さんが泊っている宿も安くてガンガーの近くでいい、と勧めてくれた。ならば明日はそこに移ることにしよう。
by haiderinn | 2007-07-24 10:21 | こんな毎日

初めてのインド

 今日はちょっとネタ切れ、かつ11年前の今日は、割と長い一日だったので、旅の話だけ書かせていただくことにします。
 11年前の今日。旅の62日目。カトマンズからインド国境へ。スノウリとう街でいよいよインド。インドに入ったからといって何かが大きく違う、ということはない。中国からネパールに来た時は、あきらかに住んでいる人種が違ったけれども。ルンギーという男がする腰巻きをしている人が増えたことぐらいが目につく違いか。
 カトマンズで購入したチケットはこのさきバラナシまでのもの。おそらく昨日の晩からスノウリで一泊していたと思われる欧米人バックパッカーたちと同じバスとなった。
 それにしても暑い。バラナシまで9時間の道のり。ずっと窓は開けっ放しで熱風を入れている。
 欧米人旅行者の中に、ちょっと格好だけは修行僧のようなニセ悟り坊主風の男がいた。途中の休憩所で連れの女と悟りきったように、他の客に聞えよがしに
 「よお、なんかこいつらバカバカしくねえか?旅行者同士出会ったら、やれ<どこから来たの>やら<どこに行くの>とか。ほっとけっつうんだよ。そんなことどうでもいいだろ。そう思わん?」
的なことをのたまわっていたら、横にいた他の欧米人が
 「ちょっとアンタ、それは馬鹿にし過ぎじゃないの?別に初めてあったんだし、いいじゃん。何がおかしいの?」といったように反論。
 ああ、議論するんだなあ。自分なんかは日本語だとしても、そんな他人にからむのは面倒だし、もしどうしても何か反論するような事態になったら、それはすでにかなりのけんか腰状態になっているよなあ、と思う。こういうとき喧嘩じゃなくてちゃんと議論できるのが、この人たちのちょっとしたすごさだ。
 バラナシに到着。乾いていた天候が一転、雨となった。バラナシのいったいどこに到着したのか、全くわからない。自分たちを待ち構えていたのはオートリキシャの運転手たち。群がるように寄ってきた。
 欧米のバックパッカーたちは、さっさと運転手と交渉をまとめ、いなくなっていった。
 自分が知っていたのは、「ビシュヌ ゲストハウス」とかいう宿が安くてガンジス川にも近くてよいらしい、ということ。しかし、ここからガンジス川までいくらで行くのか相場がわからない。
 欧米のバックパッカーを逃した残りの運転手たちが一斉に自分を取り囲む。そのうちの一人に「ガンガー」(=ガンジス川)、「ビシュヌ ゲストハウス」というと、
 「ビシュヌ ゲストハウス は洪水でだめだ。泊まれない。ほかの宿につれていってやる。ノープロブレム。」
と、予想もしないことを言い出す。えー、洪水?他の運転手に聞いてみる
 「ビシュヌ。だめだ。あそこは爆発した」と、身振りも交えて答える。
 バ、バクハツー??
 この時点でこいつら信じられん、とやっとわかった。値段交渉以前の話だ。て、てごわい。そんなしょうもないウソを真顔で言ってくる。
 「うそつけ!ビシュヌだ。ビシュヌ。ガンガー」と言ってみても全然ダメで、とにかく他の宿に連れて行くから乗れ。ノープロブレムだ、というばかり。
 雨も本格的に降り出し、9時間の移動で疲れ果てていた自分は、つい面倒くさくなり一人の運転手についていくことにした。値段もわからないのでほぼ言い値の20ルピー(=60円)。
 宅配ピザ用の屋根付きバイクを大きくしたようなオートリキシャーの後部座席に乗って出発。
 すると、結構すぐに到着した。
 えー?ちょっと近すぎないかー?どうやら、というかあたりまえだがリキシャ代はぼられている。だが、一度交渉がまとまっているので、やむなく支払う。
 ホテルは一泊200ルピー(=600円)と言われた。安宿は50ルピーぐらい、と聞いていたのでかなり高い。けれどもう夕方だし、とにかくしんどかったので、今日はここに一泊して明朝ホテルを替えることにした。
 ホテルの人に「ガンガーはどこだ」と聞いてみた。スタッフはその方向を指差す。散歩がてら見に行ってみよう。
 しかし、行けども行けどもガンガーは一向に姿を見せない。だんだん暗くなってきた。あきらめてホテルに帰った。
 これがインド。カトマンズでボケっとしていたツケが回ってきたかのようだったが、ただ旅行したいだけなのに、なんでそんなもの回ってくるの?
by haiderinn | 2007-07-23 10:45 | こんな旅

入口が変わりました

a0094201_10141664.jpg お店づくりをしているときから入口の段差にスロープをつけよう、という構想があったのですが、ついに設置いたしました。
 10cmほどの段差があるので、今までベビーカーをお使いの方や車いすの方は出入りしにくかったはず。これで少しは不便が解消されることを期待しています。
 このスロープは朔の内装建築をしてくれた大工のサブちゃんが作成してくれました。最初は、砂袋の上に板でものせるようにして自分で作ろうかな、とも思っていたのですが、こうしてプロの手にかかってつくられたものをみると、やはり任せてよかった、ということになります。天板の傾きの分だけ微妙な角度に接地面を削ったり、置いた時にガタつきがないようにしたり、さらに滑らないように途中にゴムをつけるようにしたりなど、素人がやろうとするとうまくいかなかったり、思いつかなかったりすることがちゃんとできています。
 サブちゃん、ありがとー。

 11年前の今日。旅の61日目。いよいよ長ーく居座ったカトマンズをはなれ、インドのバラナシへ。7月8日到着以来なので14日ぶりの移動。ビザの有効期限ぎりぎりの明日国境を通過することになった。いったい何をしていたんだろう?旅で疲れたのでただただ休憩していた感じ。働いている人に申し訳ない。のんびりしたところで、またエネルギーを使いそうなインドだ。
 乗車したバスは何とリクライニングシートに座れる。中国のバスよりずっといいな。国境の町スノウリは明日到着予定。カトマンズありがとう!
by haiderinn | 2007-07-22 10:40 | こんな朔