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お休みの間の出来事 あるいは マルカンデパート「大食堂」について


3月6日(木)~17日(月)までいただいた朔のお休み。
店長、料理長の実家がある東北へ里帰りしておりました。

お休みの前、ラジオからは「大雪」の予報。
はたして仙台空港行は出発するのだろうか、と心配しておりました。
が、そこはなんとかクリア。

しかーし、現地に着くとこんな雪だったのでした。
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もちろん、子供たちは大喜び。

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雪だるまや

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かまくら

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ソリは二頭立て

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スキーに

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しまいにはスノボまで

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満喫しすぎだろ!ってぐらい雪を満喫。

福島はときどき晴れ間も見えました。
私が高校卒業するまで見ていた吾妻連山の山並み(左側の富士山のような形の山が吾妻小富士)

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一方、公園には線量計

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料理長の実家は花巻市。
ここに来ると、必ず行く場所があります。
もう、このブログで何度も紹介して、何度も同じような写真をのせていますが、また同じような写真を撮ってしまい、また同じように紹介してしまいます。

マルカンデパート屋上「大食堂」!

どんな「大食堂」かというと、一定の年齢より上にしかその良さがわからないかもしれませんが、、、
こんな食券をつかっていて、

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こんなはし箱をつかっていて、

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そして、こんなフロア。
いったい何人収容できるのか?
まさにかつて日本のデパートの最上階に必ずあった「大食堂」のお手本のような場所

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わざとつくることはできないこの味わい。
よくぞ残っていてくれた。
毎回感動。

食べたのは、
こんな正しいラーメンとか
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こんなソフトクリーム。
ソフトにあんこがのってるぜ。
しかし、このあんこの塩味が、甘いだけにならずにちょうどいい具合なのだ。
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今回、この「大食堂」の本命というべきものは食べることができませんでした。
あまりにおなか一杯で。。。
本命は、こっちのソフトなんです。

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高さ25cm。
はしで食べます。
そして、なんと150円!
いまどきありえん!

ちなみに、食品サンプルの棚も涙ものの正当派だ!

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反対側にも同じぐらいの規模の棚があり、びっしりサンプルが飾ってあります。

今回、新たに発見したのは、、

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ドミニカンスカッシュ!
炭酸入りいちご味(カルピス風味)。。。。

おお、どんなふうにドミニカなのか、飲んでみたかった。。

マルカンデパート「大食堂」。
必ずまた来ます。

スキーにスノボを子供たちが楽しんだのは「安比(あっぴ)高原」というところ。
スキー場のマスコット犬がかわいかった。
ミルクという名前らしい。

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そして、もうひとつ。
安比でもソフトクリーム。
インパクトはマルカンデパート「大食堂」にかなわないけれど、味は抜群。
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スキー場にいるとき、3月11日14時46分をむかました。
場内では、追悼式典の放送も流され、子供たちともども黙とういたしました。

ほとんどマルカンデパート「大食堂」レポートのようになりましたが、もしかしたら次回も同じようになってしまうかも。。
そのぐらいの場所です。

★★石垣島のカフェ&カレー  トラベラーズカフェ朔 ★★


営業時間 11:30~16:00 19:00~21:30
ランチタイム 11:30~14:00
ラストオーダー 21:00

定休日: 日曜日

住所:〒907-0004 沖縄県石垣市登野城624
TEL FAX:0980-88-8183

お気軽にご来店ください。お待ちしております  (店長:半澤洋和)

by haiderinn | 2014-03-28 20:46 | こんな旅

みちのくにいってきました

 陰暦では如月の十四日。

 10日も休みをとってどこに行っていたかというと、里帰りしてました。
 3年ぶりです。
 今回はもちろん「チビサク顔見世興行」。
 まだ見ぬ孫の顔を田舎の両親たちに見せに行くのが目的でした。
 まずは料理長の実家がある岩手県花巻。
 ここの名物は宮沢賢治、温泉、わんこそば、早池峰山もきれいに見えるなどなど見どころはたくさんある町なのですが、私たちが帰ると何はともあれ必ず行く場所があります。
 それは、市内の「マルカンデパート」。
 デパートといっても買い物が目当てではありません。
 この古ーい地方百貨店には名物の古ーい大食堂があるのです。
 まずは、サンプルショーケースをごらんください。
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 これで片側だけです。
 定食、そば、ラーメン、どんぶり、カレー、スパゲッティ、寿司、デザート。
 これぞ実は日本食だ、という国民食総動員のメニュー。
 デザートだけでもたっくさんあります。
 たとえばこれ↓
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 いまどきありそうでないコテコテのパフェやみつまめたち。
 私たちはこの前でかなりの時間どれを食べようかと真剣に迷いました。

 入場。
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 いまどきこの規模は社員食堂でしかお目にかかれないかもしれません。
 いったい何人は入れるんでしょうか。
 200人は余裕じゃないか。
 夕方のこの時間、この広さをウェイトレスさん3人でカバーしていました。

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 いまどき、を連発しますが、いまどきこの箸入れ。
 割りばし一つで盛りあげてくれます。

 さて、私たちが注文したもの。
 まずは「プリンパフェ」。
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 このプリンが実はうまい。
 卵の味が濃厚。
 きっとここの厨房でちゃんと作ったんだろうな、というかんじ。
 プリンアップ。
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 たまりません。

 そして、私たちがここに来る最大の理由。
 それはこれなのです↓
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 特大ソフトクリーム!
 大きくて少し固めにできているので、ここではこれを割りばしで食べます。
 本当です。
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  そしていまどきこれが何と140円!
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 いいでしょ、この食券も。
 花巻の旧市街地ともいうべき中心地にある「マルカンデパート」。
 岩手に行ったらぜひお訪ねください。

 9年前の今日。2000年3月10日。 ミャンマー キンプーン。
 連日の移動でしんどいがバゴーからキンプーンへ。
 移動にはトラックを乗りついだ。
 キンプーンから目的のチャイッティーヨー・パゴダまだまたトラック。
 いずれも荷台に木製のいす。
 クッションはない。
 椅子に座れない人は後側に立って幌を張る鉄につかまる。
 その姿はほとんどミャンマー名物といってもいいぐらいどこでも見かける。
 日本の中古車が多いが、ミャンマーは右側通行なので運転も乗降もやりにくいことこの上ないと思われる。
 旧英国植民地なのにどうして右側通行なのかわからない。
 チャイッティーヨー・パゴダへは1時間ほど急な坂道を歩いて登る。
 頂上にはパゴダとともに有名なゴールデンロックがある。
 崖のふちぎりぎりになぜか落ちない丸い大岩があるところだ。
 到着。
 金色に塗色され地面と幅2m、奥ゆき50cmほど接しているだけでぎりぎりのところで止まっている。
 残念ながら女性は触れることができないので料理長を置いて自分だけ触ってきた。
by haiderinn | 2009-03-10 10:23 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 3月8日分

 9年前の今日。2000年3月8日。 ミャンマー モンユワ。
 5時半起床。
 巨大寝釈迦があるというボーディータタウン行きのバスを探したが見つからず、結局タクシーを使う。
 全長100m。
 タイで見た金色の寝釈迦と比べ物にならないほどとにかくでかい。
 そして白い。
 中に入れる寝釈迦というのも初めてで、あまりありがたみはわかない。
 寝釈迦がいる丘から見下ろすとたくさんの人型の像があり釈迦に向かっている。
 あるものは傘をさし、あるものは色すら塗られていないよくわからないものだったが5000体あるそうだ。
 どうもここはラオスでみた仏陀パークのように仏教テーマパークの様相だ。
 タクシーの運ちゃんに連れられて坊さんのところにいくとタクシーの運ちゃんは一生懸命に坊さんを拝んで数珠と何かをもらっていた。
 すると今度は僕たちにももらいに行けという。
 一応手を合わせてみると、引き出しの中からごそごそと何か出してきてくれた。
 数珠と指輪と銀の玉とハート型のアクセサリーだった。
 町に戻ると指輪を見た人がすぐにその寺からもらったものだということを見分けた。
 有名な坊さんなんだろうか。
 その後、タン・ボーディー・パゴダへ。
 近くに行くまで気づかなかったが建物の壁、塔などいたるところに小さな仏像がある。
 中に入ると内部の大きな仏像はもちろんのこと、壁面すべてに小さな仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏、仏。
 58万体の仏。
 モンユワ。
 あまり知られていないが行ってみてよかった。
by haiderinn | 2009-03-08 23:59 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 3月7日分

 9年前の今日。2000年3月7日。 ミャンマー マンダレー→モンユワ。
 8時半起床。
 モンユワ行のバスを待つ。
 どこの国でも大きなバス停付近は物乞いが多いが、ここは他の東南アジア諸国よりひときわ多い。
 待つ間チャイを飲む。
 ミャンマーのチャイはインドのチャイのように甘く、そこにはベトナムコーヒーのようにコンデンスミルクがたっぷり沈んでいた。
 テーブルの上にお茶請けのお菓子やサモサが置かれるが食べなければその分は無料。
 ほとんどが男性客だった。
 モンユワに到着したのは3時半。
 ホテルに入った後、日本人の墓があるというところまで出かけてみる。
 線路わきの道をたどっていくとゴミの山があり、その近くに割合新しいものと思われる墓があった。
 多くの遺族の方が部隊ごとに立てたらしい。
 今では日本の軍隊が来たなんて嘘のように遠いこの場所にどんな人たちがいたのだろう。
 夜飯はスープと御飯とジュースで700チャット。
 
by haiderinn | 2009-03-07 23:59 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 3月6日分

 9年前の今日。2000年3月6日。 ミャンマー マンダレー。
 
 8時半起床。
 宿で懸案のFECからドルへの再両替完了。
 1ドルにつき2チャットという安い手数料で済ますことができた。
 昼飯には野菜炒めのご飯ぶっかけ飯
 これがやたらといけた。
 昨晩食べたシャン族のシャン料理も相当うまく、ようやくミャンマーで食事を楽しむことができた。
 マンダレー観光をしていなかったのでマンダレーヒル周辺の寺をいくつか見た。
 その中で木造建築のシェナンドー僧院が印象的だった。
 その隣の大きな寺で一人のお坊さんが
 「ニッポン、バンザーイ」
 などと言うので話をしてみた。
 67歳になるという坊さんは、10歳のころ日本の兵隊がやってきたそうだ。
 日本語の歌もかすかに覚えていて
 「ヘータイサンノ オカゲデス。
  ヘータイサンノ オカゲデス」
 とその部分だけやたらとはっきりうたっていた。
 50年以上前に日本の軍隊がこんなところまで本当に来ていた。
 いい悪いは別として隣はインドというこんなとこまではるばる来たんだなあ。
by haiderinn | 2009-03-06 23:59 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 3月5日分

 9年前の今日。2000年3月5日。 ミャンマー ニャンウー→マンダレー。

 マンダレーへのバスはミニバス。
 途中の道はイラワジ川沿いに広がる平野が続く単調で退屈な車窓だったが、いつものような音楽やテレビがなく静かでよかった。
 ミャンマーに来て驚いたことのひとつが音楽がとても西洋的なことだ。
 インドや中国のような音楽も聞こえては来るが、これまで訪れたアジアではあまり耳にすることのないロックやフォークがミャンマー語で歌われている。
 なかなかいいなと思う曲もある。
 他の国よりどちらかというと自由が制限されている国と思っていたのでロックのようなどちらかというと反体制的な要素がある音楽が流れていることは新鮮だった。
 まあ中身に何がうたわれているかは全くわからないけれど。

 マンダレーはかなり広い街のようでバスステーションから目的のホテルまでさらに14kmもあるらしい。
 王宮は壁だけが残っているようで少し皇居をおもわせる。
 この街も日本語を操るミャンマー人が多く頻繁に日本語で声がかかりわずらわしい。
 マンダレーではFECをなんとかドルに再両替したい。
 自転車屋で聞いてみたら100FEC=97USDだという。
 3ドルの手数料は大きすぎる。
 今日はチャットを余らせていた日本人のおじさんをみつけて1FEC=330チャットを両替してもらった。
 FECならまだドルに戻せるから、これからミャンマーをでるおじさんにとっても、これからチャットをつかう自分たちにとっても悪くない。
 時たまこのように一人旅をしている年配の日本人男性をみかけるが一体どういうバックグラウンドをもっているのだろう?
by haiderinn | 2009-03-05 23:59 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 3月4日分

 9年前の今日。2000年3月4日。 ミャンマー ニャンウー 晴れ。
 8時半起床。
 まだ腹の調子に自信がなかったので宿のトーストとフルーツの朝食は助かる。

 オールド・パガンの遺跡群にレンタサイクルで行く。
 遺跡は無数にあった。
 そこから選ばれてガイドに載っているこれまたたくさんの遺跡の中からさらに的をしぼっていくつか立ち寄って見る。
 こんなとき毎度おもうのだけれど寺の中などというものは素人が見てもどこも同じように見えて正直あまり面白くない。
 それよりもやはり高い場所だ。
 高所から広がる平野に立ち並ぶパゴダの数々を見るのがバガンに来たという感覚を一番味わえる。
 一つ一つではアンコールワットやボロブドールに及ばないが、ここは数で勝負。
 パゴダの上にのぼることができるのはミンガラゼディとシュエサンドー・パゴダだけだが、日陰に腰を下ろし風にあたりながら休んでいるのがとても安らぐ。
 別に一つ一つ近くに寄ってみなくてもいいだろう。

 腹の調子はよくなったがミャンマー料理を素直に食べる気にはなれない。
by haiderinn | 2009-03-04 23:59 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 3月3日分

 9年前の今日。2000年3月3日。 ミャンマー ニャンウー

 ピイからのバスはチャッパタウンという町に朝の3時半ごろ到着。
 目的地のニャンウーにうかうためにバスを乗りかえねばならない。
 こんな時間に茶店があいている。
 しばらく休憩して5時。
 ようやくニャンウー行きのバスがやってきた。

 腹痛から立ち直ったばかりの自分たちはニャンウーにつくと午前中とにかく眠り、午後も3時半ぐらいまで部屋で休憩。
 ここは三大仏教遺跡の一つとよばれるバガン見物の拠点になる町だ。
 町の中でみれるシュエジーゴン・パゴダを見物。
 そのあとはあまりうろつかずパゴダの裏手の河原で夕日を見ていると尼さんがやってきた。
 この尼さんはパゴダの中で子供たちに鶴をおってあげていたときに通りかかった人だった。
 自分の僧院に来いとしきりに勧めてきた。
 歳はなんと15歳。
 すでに瀬戸内寂聴のような包容力のある笑みを浮かべていた。
 僧院に行くと菓子と茶を出してくれた。
 特に何を話すということもないのだけれど、住職はじめ小坊主さんまでせいぞろいしてたいへん恐縮した。

 こんなところでも外国人向けの食事はとれるようでその日の夕食はパスタとシェーク。
 とりあえず洋食に逃げた。
by haiderinn | 2009-03-03 23:59 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 3月2日分

 9年前の今日。2000年3月2日。 ミャンマー ピイ
 9時半起床。
 料理長は昨日の晩ほとんど眠れずに腹痛と闘っていたようだ。
 今日はバガンに移動する。
 どうしようかと思っていたら自分も次第に腹が痛くなり体がだるく食欲もなくなった。
 昨日の中華料理が当たったのかもしれない。
 宿の主人に頼んでバスの出る5時まで部屋を使わせてもらうことにした。
 料理長は次第にましになったが、自分の方はいつまでも調子が良くならず移動時間になってしまった。
 バスが日本製なのに救われたが、乗って間もなくもよおしてきた。
 なんとか最初の夕食休憩までもたせた。
 しかし次に発車すると、またすぐにひどい腹痛が襲った。
 今度は吐き気もして手足がしびれ出した。
 もうダメかと思われたが何とか乗り切り、少しずつ楽になったが腹がグルグル言って眠れない。
 車内のテレビもついたままでやかましくて仕方なかった。
 ようやく二度目の休憩。
 すっきりすると随分よくなった。
 しかし、今度は車内の空気が暑苦しくて気分が悪かったので、窓を開けた。
 するとほかに乗っていたミャンマー人たちも窓を開け始めた。
 なんだ、みんな暑いと思ってたのかよ。
 ミャンマー人は性格がおっとりしているのだろうか。
 与えられた環境に甘んじてしまう人々とも思える。
 
 ピイからのバスは2台同じ行き先に向けて走っているが、自分たちが乗っている方ではないバスの調子がどうも悪い。
 ずいぶん長時間修理で停車していた。
 僕らのバスは何ともないのだから先に進めばよいようなものだが、ずっと付き合って止まっている。
 そのことに他の乗客たちも不満を示せばよいようなものだが黙っておとなしくしていた。
 これもミャンマー人の何かを表しているような気もした。
by haiderinn | 2009-03-02 23:59 | こんな旅

お休みの間の「9年前の今日」 3月1日分

 9年前の今日。2000年3月1日。 ミャンマー ピイ
 9時起床。
 ピイに来たのは、メガネ仏像というのがあるとガイドブックに書いてあったから。
 それはピイの街中ではなく14kmほd離れたシェダウンというとなり街にある。
 そこまでピックアップトラックで行ったのだが、トラックは満員以上の状態で一番後方に立ち上がり屋根が貼ってある鉄骨をつかんで乗る男たちが鈴なりになっていた。
 自分もその一人だった。
 しかも一番端に追いやられ車の横にはみ出すようにぶら下がっていなければならなかった。
 風に吹かれて涼しいのは良いのだが車が路肩に入ったりすると傾くためかなり力を入れてつかまっていなくてはならなかった。
 30分ほど過ぎて到着したときには腕がだるくなっていた。

 メガネ仏像は確かにシェ・ダウンにあった。
 高さ5mほどでそれはメガネをかけていて、料理長は喜んでいたが、ガイドブックの写真通りのものだったので自分は特に驚きもなかった。
 ただ、写真がなかったらここに来たいと料理長が言っていたかどうかわからず、ピックアップトラックの体験もなかったかもしれないのでよしあしではある。

 ピイに戻りミャンマー三大パゴダの一つシェサンドー・パゴダへ参詣した。
 丘の上にありピイの町を一望できる。
 しかしそれよりパゴダの裏にある大仏に驚いた。
 ガイドブックには特に載っていない。
 奈良の大仏よりも大きいようにも思えたが、その大きさもさることながら日本の大仏と違って塗色してある。
 色白で目がパッチリ。
 ビルマに色白の人などいそうもないのに仏像が白いというのは興味深いところだ。
 
 夕方ロンジー(ミャンマー人男性が身につける腰巻き布)を購入。
 布を買って(450チャット=約150円)別の店で縫い合わせてもらう(30チャット=約10円)。
 これから先はどこではいていてもおかしくない。
 短パンの代わりになる。
 夕飯は中華料理に逃げて、焼き飯、野菜炒め、ビールなど。
by haiderinn | 2009-03-01 23:59 | こんな旅