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今日のおじさん放談

 昨晩9時半。シャッターを閉めてラジオをつけると、何やら臨時ニュース。
 ソーリの記者会見だというので、おじさんは「お、解散総選挙か!」とちょっとお祭り気分に。
 ところが、ソーリが交代する、というアベちゃん式ABEND(コンピュータの異常終了)会見だった。
 宇宙に向けて打ち上げられるロケットは多段式になっていて、2段目、3段目となるにつれ非力なものになるという。
 昨日の話は、まさにいらない部分を切り離してついに4段目のロケットを点火しようとしているのに似ているが、すでに弱かった3段目より推力が大きいロケットになるはずはない。
 エンジンは変えても本体は変わらず、そして地上の人の姿はもう見えない。
 あるいはトランプ。
 相手の「1」に勝てる札が出るまで新しい札を引き続ける。
 いい加減に場を流してくれ。
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 11年前の今日。1997年9月2日。旅の468日目。アメリカ合衆国 シアトル。

 と、書きたいところなのですが、実は11年前の旅日記は9月1日で途絶えています。
 11年前のその日その日のことを日記をもとに書いていたのですが、これでは今日何していたかわかりません。
 唯一残された手がかりはそのとき持っていたパスポート。
 長い間持ち続けていたので、すっかり金色の「日本国」の文字が消えています。
 見てみると、9月7日に香港に入っています。
 そして9月15日に日本に帰国。
 出発から481日目でした。
 いきなりあわただしい東京に戻ったのではつらかろう、と帰国は那覇。
 それが、初めての沖縄でした。
 ちょうど那覇祭りのころ。
 宿の近くで大綱引を見た記憶があります。
 チャンプルーと呼ばれるものを食べたのも初めてでした。
 せっかく沖縄まで来たのだから、と自転車とともに八重山へ。
 石垣では米原キャンプ場にも泊まりました。
 キャンパーたちはのんびりしていて、なんだかインドに戻ってきたのか、と思うような雰囲気でした。
 米原から港まで自転車で遠かったなあ。
 ありきたりですが、海の美しさには驚きました。
 与那国、竹富、黒島と離島にも行ってみました。
 与那国と黒島ではまだキャンプができたころでした。
 黒島でキャンプしているときに、なんだか真っ黒になった女性がいると思ったら、それが料理長でした。
 全く不思議なもので、自分がこの旅に出なければ、あのとき日本に帰ろうと思わなければ、沖縄から帰国しようと思わなければ、八重山に行ってみようと思わなければ、そして料理長も沖縄にこようと思っていなかったら、今の朔はなかった。
 自分は自転車で日本を縦断しながら帰ろうかと思っていたのですが、腰の異常な痛みにより立っているのもつらい状態になってしまい、断念。
 船と新幹線で普通に実家にもどりました。

 以上がTRAVELERS' CAFE 朔の元の元となった旅の話です。
 何人いるか(あるいはいないか)存じませんが、こつこつと読んでいただいた方ありがとうございます。
 もう一度旅することができた自分が一番楽しかったのはおそらく間違いないでしょう。
 今回は一人旅で否が応でも自分と向き合わねばならないことが多かったので、それはそれでよかったんですが、なんだか外の世界を実はよく見てなかった、と後悔することもあります。
 それで、数年後今度は誰か一緒に楽しく、現地をよく見ながら旅しよう、と思い立ちます。
 で、1999年、TRAVELERS' CAFE 朔の元となった旅がまた始まるのですが、その話はまたいずれ。
 
 旅の間にお世話になった人たち。
 きっと見ていないだろうけど、みなさんありがとう!
by haiderinn | 2008-09-02 09:24 | こんな毎日
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