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栗をいただきました

a0094201_9161456.jpg 少し前の話ですが、お客様から栗をいただきました。
 たくさんの栗。おそらく八重山ではとれない秋の味覚。栗をつかったたくさんのお菓子も今頃店頭にたくさん並びますね。
 家で栗を使った料理といえば、私の場合は子供のころ食べた栗ごはん。もち米にたっぷりの栗。ちょっとだけ塩味を利かせてあるのがうまい!。
 それからー、うーんと、、、、他に栗を使った家庭料理って何があったっけ?栗きんとんは市販品だったろうしなあ。
 と、思いつかないのは、大人になって自分たちでまともに栗を使った料理をしていないからでしょう。
 今回も、どうしようかと思い悩み、、、、「とりあえず茹でっか」となりました。
 30分ぐらい鍋の中でグラグラやって、あげて、と。
 さあ、皮むき。
 表の鬼皮は包丁で少し切れ目いれてからベリベリってはぎとり、そして中の渋皮。
 ちょっと爪をつかって、むき、、むき、、、むけない!
 渋皮がうまくむけません!
 無理やりむこうとすると中の実までボロボロにこわれてしまって。
 そして指先が痛い!
 特に爪と指の間。
 渋皮ってこんなにむくのがたいへんなものなのでしょうか?
 ボロボロになりながらなんとかかき集めた栗の実は、料理長がスープに入れて食べることができました。
 みなさん、栗の渋皮むきはどんな風にしているのでしょうか??

 11年前の今日。1996年10月30日。旅の161日目。トルコ ワン。
 雨、ときどきみぞれ。朝のうちは昨晩からの停電が続く。
 ロカンタといわれる大衆食堂で朝食。
 地下にあるその店は停電のため、地上部に30cmほど出ている窓から入ってくる光のみ。
 薄暗い食堂でチャイの湯気がたちこめる。
 道行く人はポケットに手を入れ、白い息を吐いて歩いている。温かい冬の風情。季節がずいぶん変わった。
 午前中、昨晩N沢くんが出会ったという地元大学生のアフメト君の部屋に招待された。
 そこで2度目の朝食。
 卵とチーズを焼いたもの、オリーブ、パン、チャイ。
 これがトルコの典型的な朝食らしい。
 ほかの二人の大学生と共同で借りているという部屋は決して3人で暮らすほど広くはないが、ソファーベッドなど若者らしい家具が置いてあり、まあそれほど貧しい暮らしをしているわけではなさそうだった。
 彼らとは一旦お別れして、床屋へ。
 旅にでて初めての床屋。5カ月ぶり。
 英語が通じそうもないので髪の切り方を説明できず、まごついていたところ助手のアブドゥラー君13歳が
 「アメリカンか?」
 と尋ねてきた。
 髪型のアメリカンとはどんなものなのだろう??
 想像つかなかったが「そうだ」と答えておいた。
 すると、単に短く切りそろえただけのものだったが、まあ星条旗柄にされなかっただけいい。
 ひげも3カ月ぶりにすべてそり相当さっぱりした顔はやけに子供っぽく、そして小さくなった。
 トルコの床屋の手順は、シャンプーも霧吹きもなしでいきなりハサミを入れたり、バリカンが手動だったほかは日本とほとんど変わりなく、安心して任せることができた。
 途中、
 「英語はできるか?」
 と尋ねられたので、
 おや、多少話は通じるのか?
 と思っていると、、
 「what's your name?」
 と尋ねてきた他はほとんど何も通じず、結局こちらがほんのわずかなトルコ語を使ってコミュニケ―ションをとった。
 切り終わった後でチャイのサービスがついて20万リラ(=200円)。大満足だった。
 この日はいろいろとやっている。
 床屋のあとはハマムへ行った。 
 ハマムとはいわゆるトルコ風呂だ。
 トルコ風呂は、自分が子供のころは全く別の意味を持っていた。
 それだけ日本と世界の距離が遠かったということだろう。
 トルコ風呂では、かならず垢すりをしてもらえる、という先入観があったが、そんなものは特になかった。
 大きな浴室がいくつもの個室に分かれていて、その中でお湯を使って普通に自分で体を洗って出る、というものだった。
 湯船があれば言うことなしなのだが、それはない。
 浴室からあがったところのロビーが広々としていてチャイなど飲めるのはなかなかよい。
 夜は再びアフメト君の部屋へ。
 今度はパスタをごちそうになった。
 こちらも今度はビールを持参したが、3人ともあまり飲まないようだった。
 食事後、彼らにバックギャモンのやり方を教えてもらって、生まれて初めて体験した。
by haiderinn | 2007-10-30 09:50 | こんな毎日
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